スターダスト









涙は綺麗な青にも見えて引き込まれそうな絶望感さえもあった。それが一段と君を美しく引き立てているようで、戸惑った。 涙に触れると暖かさを感じたような気がした。でも彼女は険しい顔をしてまだ雫を流していて、何処にこんな暖かさを持っているのだろうと疑問に思った。 彼女が何故、泣いているのか分からなかった。俺の所為で泣いているのかもしれないし、とても些細なことでも、大きな問題かもしれない。重大な問題じゃないから俺が覚えてないだけなのかもしれない。 ただ俺は、自分の所為にして片付けようと思っただけなんだ。他の、何でも、誰でもない俺だけが責められるのなら、本望だ。 ‘いつもみたいな笑い方はできないわ’そう言って彼女は笑っていた。でもその笑顔は泣いている時よりも切ない表情で、俺は全てから目を逸らしたくなった。









メロとマットは日本捜査本部をいろいろ嗅ぎ回っているようだった。彼はニアにも会ったと言っていた。彼らは私には何も話してはくれない。その理由も教えてはくれないけれど、私は分かっているつもり。 二人はしばらく戻ってこなかった。私はメロが用意してくれた部屋で寝泊りしていた。マットは気遣ってなのかわからないけど、違う部屋を用意してあるらしい。 私の携帯に1本の電話が入る。5年振りに会ったときと同じぐらいの時間が経っているような気がした。今まで音信不通だったが、何も無かったかのようにはっきりとした口調で言う。


「俺は今からキラを追って日本へ行く。後でマットも追う。はどうする」

「私の意志で動いていいの」

「俺に権利は無い」

「私はメロのそばにいたい」

「…なら、お前は1日経ったら来い。落ち合う場所はまた連絡する」

「分かったわ。気をつけて、これが最後の会話には絶対にしないで」

「あぁ、絶対にしない」



直接会って交わした言葉ではないけれど、この会話にはとても重みがあった。私は日本へ行くために荷造りを始めた。でも、元から荷物は少なく、すぐ終わってしまうことは目に見えていたから、少し手につけてから止めた。 明日の朝、目が覚めたら始めよう。私は自分が追い詰められないと何にもできないから。








メロは約束を破ったことがなかった。もちろん今でも破られたことは無い。未来のことは分からないけれど、これからもきっと約束を破りはしないだろう、と願い信じている。









どんなことをしてでも生き延びたい、だなんて思っていない。しかしすぐ死にたい、とも思っていない。自然に、悪までも自然に生きたい。









翌朝、私はゆっくりと起きて、身支度を始めた。すぐに会いたいと言う気持ちと、焦りがぶつかり合っていた。 空は夜とは比べものにならないほど明るく、太陽の周りにあった闇が嘘のようだった。 日本に着くのは、早すぎても遅すぎてもいけない。ゆっくり、それでこそ昼から夕に移り変わる速度のように、地球が少しずつ回転するように。









日本に着いた頃には、もう翌日になっていた。メロは私が到着する時刻が分かっていたのか、すぐに電話がかかってきた。‘ホテルを予約しておいた、しばらくそこに宿泊してろ’それだけ言って切ってしまった。 忙しいのだろう。私はメロの言う通りにするだけ。ホテルに行き、案内された部屋はスイートルームだった。広くて豪華な部屋、だけどここに一人で居るのは寂しすぎた。









俺はにスイートルームを用意した。あんな広いところに一人で居るのは嫌に決まっている。わざと用意させたんだ。俺の行動には意味があることを分かってほしい。









分かってる、たぶんメロはわざとこんな広い部屋を用意したんだと思う。この部屋を世界と見立てている。自分が死んでも一人で生きていけるように、決して自ら命を落としてはいけない、と言っているのだろう。

自分の口からではなく、何かを通して伝えようとしている。メロらしいと笑ってしまった。そんな思いを受け止めて、もちろんメロが帰ってくること前提として考えて、この部屋を使おうと思う。









メロが突然、部屋にやってきた。連絡はたまに取っていて久しぶりに会ったとは思わなかった。


「今日、俺たちは高田清美を誘拐する」

「…やっと行動に移すのね。気をつけて、私は祈ることしかできないけれど」

「それでいいんだ。今日、俺は死ぬかもしれない」

「…メロは覚悟を決めているんでしょう?私も覚悟を決めるわ」

「最後まで迷惑をかけた。もし死んだら忘れてくれ」


私は何も言わなかった。何も言えなかった。メロは優しく笑って、キスをして、抱きしめてくれた。いつものように。







二度目の悲しむべき時が来た。もう三度目はこない。何故なら彼は遠い人になってしまったから。 彼が死んだと知ったのはニュースから。メロたちが高田清美を誘拐するのは知っていたから、死亡した男、と言うのがメロとマットだということはすぐに分かった。 急に胸が熱くなり、呼吸をする度に痛みを感じて、人間が生きるために、しなければならないことを初めて拒否したくなった。









メロが死んだ1週間後に私はワイミーズハウスの近くにお墓を作った。メロの故郷は知らないし、彼が故郷が好きだったのかも知らない。ただ本名は知っている。 ‘メロ’ではなく、ちゃんとした名前を。墓石に深々と彫っておいた。土の中には何も入っていない。遺品はあるけれど、私は埋めたくはなかった。 私は彼が好きだったチョコレートを毎日持ってくるつもり。










僕たちはまだ





(2007/11/4)