葉舟
- 14 - 「コムイさん!」 アレンが司令室のドアを勢いよく開ける。中に居た全員の視線が彼に注がれた。本人は構わずに声をあげる。 「さんが、コムイさんに、伝えてほしいって…」 アレンは肩で息をしている。を背負いながら走っていたので、普段いくら鍛えていたとはいえ流石にこたえたようだ。 どこか緊迫した空気に息を呑む。 「カンダが…、怪我を、しているそうですっ」 同時にファインダーが入ってくる。彼もまた走ってきたのか、息が荒い。 「神田さんが怪我を…!今治療室に、居ます…!」 コムイはアレンについてきて、と言い治療室に向かう。 アレンの背中に背負われてるも息が激しかった。 ○ 目が自然に開く。周りは全て白いこの空間はいつもお世話になっているところだとすぐに気づく。 「気がつきましたか?」 アレンが笑いながら声をかけてくれる。彼もまた白かった。肌も髪の毛も心でさえも。今はそう思えた。 そして自分の状況を把握する。少し前の記憶を引きずり出す。 「…!ユウはっ」 「ここだ」 声はドアの方から聞こえた。は体を起こし、近づいてくる声の主を見た。 怒っている、と一目で分かった。分かったと同時に神田はの胸倉を掴む。どこか悲しげな表情でもあった。 「お前、俺の体に自分のイノセンスを」 「…ごめん、ユウ」 最後までは聞かず、は口を挟む。神田の怒りは更に増す。アレンから見るとがわざと怒らせようとしたように思えた。 「ふざけるな!いつから憑かせていた!」 「半年前…任務に出る前よ」 「だから…だからお前はすぐに」 「分かっていたことだから。分かっていてやったことだから」 「くそっ…!俺が早く直っても…」 「いいって言ってるでしょう、ユウ」 は先ほどから何も変わらずに優しげな表情で神田を抱きしめる。子供をあやす感覚だった。 「喧嘩は収まったかい?」 コムイが何事も無かったように笑いながら入ってくる。は今までより強く神田を抱きしめ放す。 「ちゃん。君、自分のイノセンスを少しだけ神田君の体に憑かせていたんだね」 「ええ。ユウが心配だったのもあるけど」 「自分のイノセンスを試したんだろ、お前」 「そうね。丁度よかったのかもしれない」 彼女は少しふんわりと笑い、神田を見た。再度、ごめんね、と口にしてベッドから降りる。足取りがまだ安定してはいなかった。 「部屋に戻ります。もう大丈夫だから」 アレンにありがとうと、神田の時と同じような笑顔で笑って言った。神田はのあとをついていく。 彼らの後姿は大きなものを背負いすぎているように、痛々しく見えた。 ○ 「イノセンスの力で俺が怪我をしたって分かったのか?」 「ええ。実はお土産のペンダントにもイノセンスを宿らせてるの」 「そうなことだと思った」 「でもユウの痛みが伝わってくるとは思わなかったわ。とても痛かった」 神田は先ほどの勢いは何処へ行ったのか、優しい口調で会話をする。 長い長い廊下は真っ直ぐで、氷のように冷たい風が前方からも後方からも吹いていた。 「どこを怪我したの」 「いいだろ、もう」 「見せて。お願い」 自室に着いて、が言う。神田はもう過去のことだと仕舞い込んでいるように拒んだが、仕方なく傷を見せる。正しくは‘傷跡’と言うべきか。左の脇腹のところに深い‘傷跡’がある。 鋭い刃物で刺されたようなもの。生きているのが不思議なぐらいだ。 「跡が…残ってる。私のイノセンスの力が足りないのね」 深く刻まれたそれはの心の中など少しも察しておらず、沈んでいった不安がまた浮き上がってきた。 自らのイノセンスの力の無さ、神田の回復力の低下。二人の共通する問題はいくつかあった。 「ありがとう、ユウ。ごめんね」 「聞き飽きた。たまには違うことを言え」 の顔は見ずに神田は呆れたように言う。はクスクスと笑い、おやすみ、と言って重たいドアを閉めた。 ○ ベッドにうつ伏せで寝る。体が沈んでいく感覚があったが、時々、落下している感じもした。息が続かない。恐怖が少しずつ私を手繰り寄せている。 でもそれは長く続くわけではなくてほんの一瞬にすぎないのだけれど。 |
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