葉舟
- 15 - ここ数日はユウも私も任務には行かずに休むよう言われていた。 でもあのユウがじっとしてるわけはなくて、森へ行って体を鍛えたり、一般的に言う‘休む’ことをしてはいなかった。 私はいつもお昼の少し前に起きる癖がついてしまった。‘休む’ことはしているのに体に疲労感が溜まっていくような気がした。 ユウに憑かせていた私のイノセンスは戻ったものの、シンクロ率は少ししか上がらない。 ただ不安が増えていくだけだった。 ユウは完全に傷が治ったらしく、今日から任務へ行くらしい。 行く前に一度会っておこうと歩き回っていたが、一向に見つからずもう出発してしまったと思い込み、談話室へ立ち寄った。 しばらくソファに座っていると、髪を結っていない彼が談話室の前を通る。私は探し物を見つけた子供のように瞳を開いて駆け寄る。 「ユウ、今から任務?」 「あぁ。スペインまで行ってくる」 「…まだ時間はいいでしょ?ここ座って」 彼は少し疑問に思いながらも私に従う。ソファに彼が座り、私は後ろへまわる。 私のの冷たい手がユウの顔に微かに触れる。 「髪、結ってあげる」 いつも常備している小さな櫛でユウの髪をとかしながら言った。 「懐かしいなぁ。昔よく結ってあげたよね」 優しく髪に触れ、結っていく。とても穏やかな時間だったが、鐘が鳴り響き、時間を知らせた。 「行ってくる」 「いってらっしゃい。気をつけてね」 ○ 私はコムイさんのお手伝いをしようと司令室へ訪れた。そこは相変わらず散らかっていて、普段は嫌な書類の整理をしようと思った。 「書類、片付けるわよ」 「本当かい?いつもはやってくれないのに」 「今日は気分がいいから」 私は書類の山に向かう。日付順に並べたり、クリップでまとめたりして整理した。 字が汚くて読めない報告書があったけど、ラビだろうと笑った。 ふと、ひとつの報告書が目に付く。私の字で書かれた報告書。日付は2年前。 あの心を失くしてしまった少女と出会った時のものだった。 しっかりと思い出されるあの時の記憶。少女の泣き声から、母親の苦しそうに叫ぶ声。 あの後、少女は泣くことも笑うことも出来なくなってしまった。 ふと私の頬に涙が滑り落ちた。持っていた報告書が少し滲んだ。 コムイさんが私に気付き、心配そうに近寄った。 「…どうしたの?」 「コムイさん、私…目を背けていただけなのかもしれません」 コムイさんに報告書を見せる。彼は全てを察したように、私が話し出すのを待っていた。 「これじゃあ責任逃れをしていただけだよね。ちゃんと向き合いたい」 「ちゃんはどうしたいの?」 「もう一度この子に会いたい」 私の目からはまだ涙が流れていたが、眼差しはしっかりしていた。 コムイさんは優しく笑って、私の頭に手を乗せて言った。 「行くのはいい。でももう少し休んでからにしなさい。神田君が帰ってきたら一緒に行けばいいよ」 ○ 3日後、ユウが無事に帰ってきた。待ちきれなくて地下水路まで会いに行った。 「お帰り、ユウ」 私は舟から降りたユウに抱きついた。彼はしっかり私を抱きとめてくれて、少し笑っていたような気がした。 「あれ、アレンと一緒に行ってたの?喧嘩しなかった?」 二人は声を合わせて、してないと言っていたが、その態度が二人とも同じだったので笑ってしまった。 3人で司令室へ向かっていたけど、アレンがユウに報告書を任せて食堂へ行ってしまった。 二人きりになる。彼が居なかった間に決めたことを言わなければならなかった。 「ねぇ、ユウ。私あの子に会ってこようと思ってるの」 二人の足音が響いていただけだった廊下は、風が吹きぬけ、冷たい感じがした。私は歩みを止める。 「一緒に来てるれる?ユウ」 「お前となら何処へでも行ってやる」 私は震える声で、ありがとうと言った。ユウが抱きしめてくれる。冷たく感じた廊下は、私達を包み込むようだった。 ○ 「アクマが大量発生している」 司令室に着き、ユウが報告書を出した後、コムイさんが話し出した。深刻な顔で話す彼は少し久しぶりなような気がした。 「イタリアのレチルクラーレ村だ」 「…レチルクラーレ…!?」 その村は私とあの少女が出会った村だった。 |
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