葉舟
- 17 - 「あの2人って前からあんなに仲良かったっけ?昔は恋人なのに今みたいにべったりじゃなかったさ」 と神田が乗った舟が見えなくなると、ラビは改まったように言った。 「1年前、二人で行った任務で何かあったみたい」 リナリーがそれに答える。どこか悲しさに溢れていた。 ○ 闘技場のような場所だった。周りを高い塀で囲まれ、観客席がある。 ここで何を見るのか。楽しいものではない、本当の殺し合いなのだ。 人間と人間が生きるか死ぬか、それを賭けて真剣に戦う。それを人々はこの高い席から見下ろすのだ。 そこはただ、土が張り巡らされているだけで、砂漠のようだった。草木も何もない。 こういった何もない場所が、命の最果てなのか。 ユウもまた、ここでアクマと戦っていた。レベル2。少し手ごわい相手だった。 しかし彼は何とも思わない表情で剣を振るい、アクマを消したのだ。 「まるでグラディエーターね」 私は呟いていた。ユウが六幻を鞘にしまい、こちらへ歩み寄ってきた。眉を寄せているように見えた。 「グラディエーター?闘技場だからか?」 「それもあるけど。違うわ」 私はまた空を見上げアクマに祈った。目を閉じても、ユウは私が祈り終わるまで待っていてくれることは、もう分かっていた。 少しの時間が経ち、目を開けた。ユウはちゃんとそばに居てくれた。それだけでも嬉しかった。 「アクマは人間の魂が入ってる。つまり、ユウはアクマを倒したけど実質、人間を殺したと同じじゃない?」 「確かにな。グラディエーターか…。いい呼び名じゃねぇか」 「呆れた」 私は苦笑してユウの隣まで行き、歩いた。私がアクマは人間、と思ったのはかなり前からだ。 それでもアクマを壊し続けることが出来たのは、アクマが人間の形をしていないから。 それだけが、私がアクマを壊せる唯一の理由だった。 もし千年伯爵の技術が上がり、人間のような容姿のアクマが出てきたならば、私は一つも手を出せないだろう。 「私たちは人間を殺してるんだわ。それがとても怖い」 「だがアクマに入ってる魂は死んだ人間だ。一度死んでる人間をもう一度殺すことは出来ねぇだろ?」 「…そうだけど」 離れていた闘技場の中心から突然、爆発音がした。振り返って見ると、砂煙の中に千年伯爵がいた。 直接は初めて見たけれど、アクマの製造者にふさわしい様な怪しい空気が周りに纏わりついていた。 伯爵が空へと上っていく。その姿を凝視していた私と、伯爵の目が確かに合った。 ピエロのように笑う伯爵。私の体に寒気が走り、目を逸らした。 砂煙が治まると、うずくまる人がいた。服装からしてグラディエーターのようだった。近寄ってみると、私は更に寒気を感じた。 アクマになる前の人。アクマになりかけの人間。見ていられなかった。私はその場に膝をつき、顔を覆う。 ふと頭上の伯爵を見ると、口が裂けそうなくらいに笑い、人差し指を私に向けた。 私は恐怖と危険と、不安を感じた。ユウと一緒の任務はどんなに危険でも不安にはならなかったのに。 何かが近づく音がした。すぐに前を見ると、アクマになりかけの人間が私に向かってきた。 まだ完全にはアクマにはなっていない。つまりまだ容姿も中身も人間なのだ。私には壊せない、殺せない。 目を瞑る。その時だけ穏やかに慣れた様な気がした。 「っ!」 ユウの叫び声がする。私は目を開けてしまった。私の目の前にいた半アクマの人間を、ユウが斬りつける瞬間を見てしまった。 血が噴出す。彼が斬りつけたのは半分でも人間の血が流れるアクマ。彼は人を殺したのだ。 私は震える。心も瞳も全てが震えて、涙が溢れた。返り血を浴びたユウが近づいてくる。 私は後ずさる。大好きなユウに、今は近づきたくないと直感する。それでもユウは近づいてくる。 私の目の前まで来るとじゃがみ込んで私を力いっぱい抱きしめる。血の匂いが鼻を突く。 抱きしめられるのは嫌ではないのに、私はユウから離れようとする。でもそれは叶わなくて、私は力尽きて彼にもたれる。 「…ユウは人を殺したんだわ」 「あぁ。だがお前は死んでいたぞ」 「良かったのに!私は死んでも、完全にアクマになったあの人を壊して助けてあげれば私はいいのよ!」 「…馬鹿だ、お前は」 ヒステリックに叫ぶ私に、ユウは優しく、強く言葉を零し、抱きしめてくれた。震える私は、徐々に落ち着いていった。 でも涙は止まらなかった。 「…ありがとうユウ。でも、もう人は殺さないで」 「あぁ」 日が暮れる。グラディエーターの魂はこの赤い空に昇っていけたのだろうか。 |
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