懐かしさが降る
 




葉舟




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「アーリア…?」


私が発した呟きは小さなものだったが、ユウの耳にも届いたようだった。彼は何かを必死に思い出すような表情で私を見ていた。


アーリアが倒れている。
それを見ただけで私は禁忌を犯しているかのような感覚に陥った。不意にユウの表情が変わり、口を開いた。


「アーリア……まさか」


彼の言葉を全て聞く前に私は駆け出し、倒れているアーリアを抱き起こした。ユウは驚いたように私を目で追い、後に続いてきた。


「アーリア!アーリアッ!」


私は目の前の状況しか見えていなかった。不信感も何も抱かずに、ただ倒れているアーリアのことだけを考えていた。


突然銃声が鳴った。音が近い。私は状況が掴めない。驚いて何も出来ていない私の腕を、ユウは引き、アーリアから離れさせた。 アーリアの手が銃へと変形していた。閉じられていた目も開き、青ざめていたはずの顔も血行のよい色に戻っていた。


アーリアが私を撃った。

その出来事だけで私は気が狂いそうだった。何が起きたか全く分からずにただ震える。 アーリアが撃った弾は私の心臓に向けて飛んだ。しかし水の粒子である私のイノセンスが、反射的に盾を作り、弾を防いだようだった。


「お前…アクマだろ」


ユウがアーリアに向かって言う。アーリアがアクマ…?私は信じられずに、かたかたと揺れる。 何も出来ない。何も信じられない。今の私は震えることしか出来ないのだ。


「アクマってなぁに、おねえちゃん」


名前を呼ばれてまた怯える。ユウは私を抱き寄せ、放した。すぐ終わる。そんな事を耳元で言っていたような気がする。


「お前、レベル2ぐらいじゃねーだろ」


ユウは六幻を鞘から抜き、構えた。アーリアは銃を構えながら、ゆらりと立ち上がりまた子供の口調で問う。


「私、話せるようになったんだよ?おねえちゃん」


アーリアが近づいてくる。私は座り込み、涙を流す。その涙は、恐怖なのか自分の罪への懺悔なのか、それとも命を乞うものなのか分からなかった。


「ねぇ、本当のこと、知りたい?」


銃口は私に向いたまま、引き金に指をかけたまま、アーリアは言う。私は目を離せられない。そして知らぬうちに頷いていた。 それを見てアーリアは笑う。昔の、あの事件が起こる前の、無邪気に笑っていた頃のアーリアの笑顔だった。 こんな時に懐かしさが降ってきた。









おねえちゃんがこの街にやってきて、私の家にしばらく泊まった。


おねえちゃんが怪我をしているところをママが見つけて、泊まる所がなかったおねえちゃんを泊めてあげることにしたんだ。


私の家族は、ママと双子のおねえちゃん、サチェルタと私の3人。


パパは私たちが生まれてから直ぐに馬車に轢かれて死んでしまったらしい。


家族が増えたみたいで、私もママもサチェルタも嬉しかったんだ。


でもしばらくして、喜びが感じられなくなる日が来た。


とても悲しい日が。




アーリアが話し続ける。まだ銃口は私に向いていて、いつ撃たれてもおかしくない。 でも私の前にはユウが立ち塞がり、その姿が大きな壁とも思えるほど安心できたのだ。 少し震えが治まる。少し涙が止まる。私はほんの少し過去と向き合っていた。




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(2009/10/18)