憎しみに溺れる
 




葉舟




- 20 -





あの日、おねえちゃんがこの街のことを調べに行っている間、私達は買い物をしていた。

食べ物をたくさん買って、ごちそうにしようとしてたの。

でもたくさん買いすぎて、ママが持っていた袋から林檎が落ちて転がっていった。

それを追いかけて道路に飛び出して、アーリアが馬車に轢かれたんだ。


「えっ…」


小さく吐き出す。おかしい。は眉を寄せ、目の前のアーリアを見る。アーリアは今まで見たこともないような悲しい目で、見返してきたのだ。


「だってアーリアは今ここに…」
「違うよ。私はサチェルタ。死んじゃったのはアーリア」


何を言ってるの。は混乱し、青ざめていった。


「そんなはずないわ…だって…あなたのママが‘サチェルタが死んだ’って言ったのよ」
「うん、ママは確かに言ったよ」
「…まさかっ…」
「そう、ママは私とアーリアを間違えたの」


アーリアの血が、道路一面に流れた。

馬車も赤く染まり、私は何が起きたか分からずにただ立ちすくんだ。

ママがアーリアに駆け寄る。かなり動揺してショックを受けているようだ。

パパも同じように馬車で轢かれたから余計になのかな。

今まで溜まっていた何かが外れたように、ママは泣き叫んだ。


「サチェルタっ!サチェルタ死なないで!」


ママが叫ぶ。

私は絶望が直接心臓にぶつかったかのような衝撃を受けた。

何を言ってるの、ママ?

私はここにいるのに。

双子だから似てるけれど、母親なら分かるでしょう?


「サチェ、ルタ…!」


私は存在を否定されたような感覚でママを見つめる。

アーリアが死んだのだと言うことすらする気力もおきずに、私は否定しなかった。

そのまま、私が死んだことにしたんだ。


「う、そ……それじゃああなたは、ずっとアーリアとして生きてきたの…?」
「そうだよ。こんなに辛いとは思わなかったよ、名前を呼ばれないこと」


彼女は唇を弧にして言う。鈴蘭は何も言えなかった。自分もこの子がサチェルタだとは分からなかったからだ。自分への嫌悪か、サチェルタの運命への哀れみなのか。涙が止まらない。


「サチェルタ。あなたには誰の魂が入っているの」


彼女はまた笑い、話し出す。目には憎悪を灯しながら。


ママはあの後、アーリアではなくパパの魂を呼び出してアクマになった。

ついさっき死んだアーリアより何年も前に死んだパパに会いたかったんだ。

私とアーリアは二人して見捨てられた。

そしておねえちゃんが私の目の前でママを壊した。

私は話せなくなったふりをしたんだ。

おえちゃんは、私がショックで話せなくなったと思ったよね?

でも本当は私の存在も、アーリアの存在も否定したママが壊されて嬉しくて、嬉しくて。

私はアーリアに会いたくなった。
だからアーリアの魂を呼んだの。

‘二人の共鳴する魂が強くする’

千年公はこう言ったよ。

だから私の中には、私の魂も、アーリアの魂もあるの。


「「でも、私達は満たされない」」


サチェルタとアーリアの声が重なって聞こえる。悲しみ、憎しみ、寂しさ。それらを帯びてスズランや神田の耳に届いた。


「「二人で壊したかったママを、おねえちゃんが壊したから」」


風が吹く。弱い風がだんだんと強くなる。


「「おねえちゃんを壊せば、満たされるの?」」




拍手
(2009/11/23)