葉舟
- 23 - が双子を目指す。その走るスピードは早くなっており、重りが外れたようだった。 (の動きが変わった……シンクロ率が上がったのか…?) 神田は動けなかった。を止めようという意思はある。だがその腕を掴めず、呼び止めることさえ出来なかった。 理由は単純だ。彼女から哀れみがなくなったから。ただ目の前の双子のアクマを倒す。ただそれだけの使命で動いているようであった。 その彼女の姿を見て、神田は動けなくなった。何も出来ない。考えることしか出来ないのだ。 (くそっ!動け!もうあいつが苦しむことはないはずだ…!) 瞬間、神田の体は動いた。が赤く染まっていた。 ○ (体が軽い…) 双子から放たれる強風や風の刃は、のイノセンスの盾によって弾かれた。 は、先程よりもはるかにイノセンスを使うことが上手くなっていた。 (藤の涙の声がしっかり聞こえる) 右へ左へと指示をする彼女のイノセンスの声は澄んで聞き取りやすくなった。 気持ちが晴れている。何も考えずに剣を振るっていた。 気づいた時には、体は血塗られていた。 ○ 「どうして…」 感触が未だに残る。アクマを破壊した感触、そして人の体を斬った感触が。手が、足が震える。倒れる双子の傍らに、もしゃがみ込む。 「どうして私は…サチェルタとアーリアを…」 何も考えられなかった。ただ自らのイノセンスと初めて心を通わせられたのが嬉しくて、ただ剣を振るっていた。 でも感触だけは残っている。それは恐怖に変わり、後悔へと変わる。 双子を助ける方法が他にもあったはずだ、と。人を斬った私は神聖なイノセンスを持つ資格はないのだ、と。 血を吸ったイノセンスが疼く。何か獰猛な生き物を手にしているような感覚になり、は藤の涙から手を離した。 「もう…イノセンスを使えない…」 「!」 駆けつけた神田が彼女を呼ぶか返事はない。はただ戒めだというように自分を嫌った。神田は弱った彼女を抱きしめる。 震える体が、流れる涙が止まった。不意に倒れている双子が微かな声で話しだした。 「「私達はおねえちゃんを壊したかったわけじゃないみたい」」 双子は声を合わせて言う。顔は穏やかでに昔の二人を思い出させた。 「「おねえちゃんにもっと強くなってほしかったみたいなの」」 双子は笑う。それを聞いた瞬間、の止まっていた涙が再び溢れた。 「「私達のおかげで、おねえちゃん強くなれたでしょう?」」 子供がよく言う、すごいでしょう?と同じだった。双子はまだ子供だ。子供らしく褒められるのを待っている。 「ええ、強くなれた。すごいわ、サチェルタ、アーリア」 は神田に支えられ、双子の近くへ行く。 神田は思う。これは悲劇なのか、と。この場面だけではそうとは言えないだろう。 何故なら、には穏やかな笑顔が戻ってきていたからだ。そして双子にも。 「「その強さで、世界を救ってよ」」 「…分かった、約束する」 サチェルタがを、アーリアが神田を指差した。すると、二人の左手薬指に風が集まり、リングが現れた。 「「あのおにいちゃんと仲良くね」」 「…ありがとう、サチェルタ、アーリア」 双子は笑って目を閉じた。アクマの部分が完全に崩れ去る。人間の部分はそのままに。 寄り添っていた双子の片方ずつの体が、一人の人間のように見えた。 「終わったのね」 「…あぁ」 は泣いていなかった。神田はそれに少なからず驚き、微笑した。 「そういえば、ここは教会だったわね」 は亡骸を横抱きにして、戦いの中でも辛うじて壊れずにあった十字架の下へ行く。神田と穴を掘り、双子を埋葬した。 「葉舟はきっと、岩に引っかかっても水の流れが押し出してくれる」 はこう言い、手を合わせた。神田も釣られるように手を合わせた。 は祈りが終わると壁にもたれ、目を瞑った。神田はまた笑う。彼のゴーレムに通信が入った。 「カンダ!?大丈夫ですか!?」 「うるせぇモヤシ!少しは静かに話せ!」 「兄さんの命で神田との援助を頼まれたんだけど…」 「たった今終わった。の疲労と怪我が酷い。急いでくれ」 「もうすぐつくさぁ!」 アレン、リナリー、ラビが到着すると、十字架の下で寄り添い眠る、と神田の姿があった。 ‘絵画を見ているみたいだ’ 誰かが呟いた。 |
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