葉舟
 




葉舟




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「ユウが指輪?!」
「っ、外れねぇんだよ!」


それは照れ隠しの言葉のようにも聞こえたが、事実、神田の左手薬指にはまっている指輪は外すことができなかった。 レチルクラーレ村から戻ってきて2日経った。は未だ目を覚まさず、神田は1日の休養をもらい、今、次の任務を言い渡された。


が気になるさ?」
「…」
「素直に言えばいいのに」
「カンダ!が目を覚ましましたよ!」


ラビにはやされていた神田だが、アレンの言葉を聞き、医務室へ走り出した。ラビとアレンも後を追う。 あんなに焦る神田は初めて見る、と二人は顔を見合わせた。









「ユウ」


声を聞いたら、体が勝手に動いていた。俺はベッドに上半身だけを起き上がらせたの痩せた体を抱きしめた。 人の視線など気にはしない。俺は衝動のまま動いた。は俺の背中に腕を回す。 その回した腕の力が思った以上に強く、しっかりと生きているという暗示だと思った。


「終わったのね」
「あぁ」


の体が震える。きっと泣いているのだろう。全てが終わった。断ち切れなかった過去も、 その過去に囚われ、明るさに欠けた未来も、何もかも終わり、変わった。 は感じているだろう。自分の中でイノセンスがしっかりと存在していることを。 それはまるで、自分の命の灯火が風に煽られ大きくなるように。


「神田君の任務は他のエクソシストに変わってもらうよ」
「…頼む」
「2人はしばらくお休み。ちゃんは早めにヘブラスカのところへ行ってね」
「分かったわ」


コムイの話を聞き終わった後、はヘブラスカのところへ行きたいと動こうとしたが、うまく動かない。 俺はをベッドに押し付け、無理矢理寝かせた。次第にの目蓋が落ちてくる。 まだ疲れているようだが、意地でも寝たくないらしい。 俺は姫を起こすためではなく、安らかに寝られるように、口付けを落とした。









「シンクロ率が…上がっている…92%」


あれから私は深い眠りについた。起き上がり、横を見ると、イスに座りながら眠るユウの姿があった。 私は傍にいてくれたことが嬉しくて、また泣きそうになった。 私の気配に気付いたのか、ユウは目を開け、目が潤んでいた私を見て少し驚いた表情をした。 それがやけに面白くて私は笑顔になる。ユウは私の頭にポンポンと手をおいた。


そして今、私とユウはヘブラスカのところにいる。 私は早くヘブラスカのところへ行き、自分のシンクロ率を知りたかった。


「やっと実感できたの。イノセンスがこの体に宿ってる」
「過去を…拭い去れたのか…
「…きっと」


先日の出来事を一つ一つ引き上げるように、ヘブラスカに語った。 私は涙を流しながら、でも声は震えずに、自分の過去を、そしてその過ちを確かめるかのように。 全て話し終えると、ヘブラスカは私を包み込んでくれた。 温かい風に包まれながら草原に立っているようでも、深い深い海の底で一筋の光を見ているようでもあった。









「ユウにも指輪、はまってるんだね」
「お前のもはずれねぇのか」
「うん。でもはずしたくないよ」


私はユウの左手をとり、指輪をなぞる。冷たいそれは、私の過去の塊なのでは。そんな風に思った。


「ユウは…この指輪はずしたい?」


答えづらい質問なのは分かってる。でも私はユウの答えを聞いて、自分を追い詰めたい。 私がユウを苦しめてる。そんな自覚をもっとはっきり持ちたかった。


「…これはお前の過去の遺物だ。俺は受け入れたい」


刹那、私達の左手薬指にはまった指輪が光りだした。 その光が収まったが、指輪を見ても何ら変わりはない。 動かしてみると、全くはずれなかった指輪が、するりと抜けた。 私達は顔を合わせて笑う。2人とも決して指輪をはずすことはなかった。




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(2009/5/8)