葉舟
 




葉舟




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「どけ、この中にがいるんだろ」
「嫌よ、が入れないでって言ったの」


が怪我をしたということは教団にいれば嫌でも耳にする。
神田は自分の任務が終わり、ホームに帰ってくるとその情報を聞きつけ、医務室にやってきた。


「何では嫌がってんだ」
「神田にまた怒られるからじゃない?」


リナリーは少し機嫌の悪そうに、入り口で神田を止めていた。
神田はリナリーよりも更に機嫌が悪い。彼女を押しのけてでも中に入ろうとした時に、中から声がした。


「リナリーもういいよ。誰かさんはもう怒ってるから」


伝わってきた声は少し笑いも含んでいて、リナリーはおとなしく道をあける。
神田は早足でのベッドまで行った。


、いくつ怪我をすれば気が済むんだ…!」
「任務に怪我は付きものでしょう。ユウだっていつも怪我してるじゃない」
「…俺はすぐに治るからいい」
「理屈が通ってないわよ」


は笑いながら、まだドアの辺りでこちらを窺っているリナリーに同意を投げかけていた。
リナリーはまだ渋い顔をしている。その元凶はのベッドの横にいた。


「…おい…その赤ん坊は何だ」
「……AKUMAの残した子供よ」
「連れてきたのかよ」
「そのままにしたら死んじゃうでしょう。辺りに預けられる施設もなかったし…それに」
「それに…何だ」
「この子…何か不思議な力を持ってる気がするのよね…」
「適合者かもしれねぇってことか」
「そういうこと」


呆れた、と神田は呟き、小さなベッドで眠る赤ん坊の顔をもう一度見て、その隣の椅子に腰かけた。
はそんな神田を見て微笑み、赤ん坊を抱き上げ髪を撫でた。


「私、この子を育てようと思うの」
「…はぁ?」
「だからユウがパパになってね」
「…お前大丈夫か」
「私は正気よ」


笑いながら子供を気遣うその横顔は、母親そのものだった。神田が言い返そうと思った矢先に、コムイが入ってきた。


ちゃん、検査の時間だよー」
「はーい!じゃあユウ、この子のこと見ててね」
「おい!待てよ!」


神田の返事を聞かずに、は赤ん坊を神田に抱かせ、出て行ってしまう。先ほどまでいたはずのリナリーの姿もなくなっていた。
神田は再びため息をつき、どうかそのまま寝ていてくれ、と祈るのであった。









「ユウ、ただいまぁ…寝てるの?」


が検査から戻ると、神田は器用に赤ん坊を抱いたまま眠っていた。
落とすまいと寝てもなお強く組まれた両腕を見て、鈴蘭は愛おしく見つめた。


「ユウは立派なパパになりそうね」


赤ん坊の穏やかな寝顔を見ながら、はベッドに腰を掛けた。




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(2011/7/7)