浮世に生まれ、貴方と生き、地を巡る。気高く生きる貴方なれど、我は無を持つ者なり。貴方が愛、我に向け、我を包み込む時、至福を持つ。何も言わぬ貴方こそ、我が魂にそぐう無なり。何も言わず剣を振るう貴方こそ、我が心に響く音色なり。


草木の生えた獣道。丘や川。雷鳴、雷光ある日とて、貴方の傍に。嵐、大雨ある日とて、貴方を思う。悪探す旅路は何処なりと。貴方の求める彼の岸は遠退き近付く。終焉まで見届ける意はもとよりあると。


荒野で立ち止まる。見上げた空は漆黒なり。我は言う。貴方と呼吸を合わせるように。


「その腕を切り落とした犬夜叉が憎いですか」


返事はなくとも、その答は昔に聞いたのだ。我は不意に何度もこの問いを投げかける。それに貴方は嫌悪を見せずに、ただ何も言わぬ。最初に問うた時の答えだけで、我は満たされた。


貴方が近づいてくる。目の前に立つと、我の頬に手を寄せる。目はしかと我を捉え、貴方の体温は頬から全身に伝わる。


「犬夜叉は憎い、殺したいほどに。だがお前は憎くはない。何故それほどに怯えておるのだ」


震える指、目、肩。我の体は恐怖を嘆くように揺れる。自分でも分からぬ。それ故、我は黙るのだ。貴方は片腕で私を抱く。私の中の無は満たされ、愛が流れ込む。


口開く我は、愛を求める者なり。


「貴方を…恐れてはおりませぬ。愛しております、殺生丸様」


無の心は貴方によって溢れる。離される、また再び貴方の手が頬に添えられ、唇が降る。狂おしい。貴方から離れれば、またこの無の心が戻ってくるのだ。溢れる心でいたい。


涙流す我は願う者なり。


「何故泣くのだ、」
「貴方の愛が、大きすぎるからで御座います」


すり寄る我をを払いのけることもせず、貴方はただ片腕を背中に回す。今は無き貴方の片腕を、撫ぜるかのように、我は空を切る。その手はそのまま貴方の頬へ伝い、寄せる。愛しき妖よ。我を包み込むは貴方のみ。我を満たすは貴方のみ。


「美しき貴方を慕う者は、だと忘れぬようにしてください」


貴方は何も言わぬ。ただ目を伏せ何も言わぬ。


笑み零す我は乞う者なり。


貴方の心に寄り添うは、我が無の心なり。我が体、無常なれども、貴方を慕う我が心は、満たされぬとも、色が無くとも、久遠に貴方の傍に。久遠に貴方とともに。


目を閉じる我は貴方を愛する者なり。







我が心、無なり