幾時シリーズ
日常が壊れた日
この慰霊碑へ毎朝通うことが日常的になったのは何年前かは覚えていない。
でも彼女を見かけるようになったのは1年ほど前だった気がする。
彼女は必ず俺よりも早く慰霊碑の前にいる。俺がわざと普段より早めに慰霊碑に行っても、彼女はすでにいるのだ。
そして俺が慰霊碑に近づくと、彼女は帰っていく。
挨拶をする程度だったが、今日何故か唐突に話したくなった。
遠い昔のあの面影に似ているのは前から思っていたが、今日はその思いが強かったのかもしれない。
衝動のまま話しかけてしまっていた。
「名前を、聞いてもいい?」
他に聞くことはあっただろうが、何故名前を聞いたのか、自分でも知らない。
このことによって、後悔と喜びが生まれたことも、まだこの時点では知らない。
慰霊碑から帰る途中の彼女の背後から、朝日が昇る。
その所為で顔があまり見えなかったが、少し悲しそうな表情をしていたような気がした。
この情景を昔も見たことがあるのではないか。ふと思った。
「」
風が吹く。俺は20年も前の記憶が浮いた。彼女の名前を呟くと、答えが見つかった。
「まさか…」
泳いでいた視線を彼女に向けた。彼女はまだあの表情をしていた。
そして素早く印をきり、目の前から消えた。
「帰っていたのか…」
笑い声が聞こえた気がした。まだ皆生きていた頃の、俺らの笑い声が。
○
「アスマー、って知ってる?」
名前を聞いた次の日。を慰霊碑で見かけることはなかった。俺は日常の一部が壊れたかのように焦る。
このまま会えないままではないのか。
そう思い、彼女の情報を手に入れるべく行動をおこそうとしたが、生憎、朝から一日任務で、里に帰ってきたのは深夜。
そして今日、待機所である人生色々でアスマに聞いた。
「何だお前、を狙ってるのか」
「…知ってるのか…」
紅に聞いても、ゲンマやハヤテに聞いても皆、のことを知っていた。俺一人知らなかった。
それに対して憤りを見せつつも、自己嫌悪も現れた。何故彼女に気付かなかったのか。
集めた情報をまとめるとこうだった。
(24)俺と同い年。
1年前、砂隠れの里から木ノ葉に移住してきた。
昔は忍だったようだが、今は中華料理店に勤務。
アスマ達がを知っている理由は、彼女の勤務先である店で仲良くなったらしい。
俺はあまり外食はしないほうだし(居酒屋はよく行くが)、その店にも行ったことがなかった。
「よしアスマ、後で店に行くぞ」
「マジかよ。てか、お前が女を追いかけるの久しぶりじゃねぇか?」
「そだね、いつも追いかけられるからね」
「お前、喧嘩売ってんのか?」
○
「はい、ご注文はー?」
「おばちゃん、俺ラーメンセットで」
「はいよ。そちらさんは?」
「同じやつで」
ちょっと待っててねー。そう言って女将は厨房へ。
俺達は今、が勤務していると言う中華料理店へ来ている。お昼時ということで結構混んでいた。
「基本、は厨房だけだが、忙しい時には接客もする」
「それにしても詳しくなーい?アスマ」
「俺、ガキん時からこの店の常連だから」
そういや、アスマに飯を誘われても、居酒屋以外は断っていたと気がついた。もっと早くアスマとこの店に来ていれば、と後悔する。
「ちゃん、ちょっと手伝ってくれないかい?」
「はーい、女将さん」
ナイス女将さん。俺は心の中で感謝しながら、が厨房から出て来て、俺達のテーブルへ料理を運んでくるのを静かに待つ。
「おっ、ちゃん今日も可愛いねぇ」
「おじさん、お世辞いつもありがとう」
楽しそうなの顔を見て俺は少し複雑になる。何だこれは。そうしている内に、が料理を運んできた。
「お待たせ、ラーメンセット2つで…」
「どーも。一昨日振りだーね……」
は俺に気付いていなかったのか、目を見開き、しばらく固まっていた。
そして俺が口を開こうとした時に、が先に声を上げる。
「女将さんっ!少し休憩入ります!」
また素早く印をきって俺の目の前から消えた。どうやら彼女は瞬身の術が得意らしい。昔と変わらない。
○
気を抜いていた。
カカシに名前を教えてからは意識を研ぎ澄ましていたのに。
きっと彼は私の情報を聞き出してこの店も知るだろう。だから次の日は絶対来る、と気を張っていたのだ。しかし来なかった。
安心したのかもしれない。お店が思った以上に忙しかったのも原因か。
カカシのテーブルに着く前に常連のおじさんに話しかけられて、楽しくて気が散ったのもある。
気を抜いていた。
気配も読めなくなるほど。この普通の、忍ではない日常が楽しいからだ。
瞬身の術で店から少し離れたところへ移動する。カカシが追いかけてくるかと警戒したが、それはないようだった。
彼の気配が店から消えたところで仕事に戻る。
○
「お前ら、一体どういう関係だ?」
俺はが姿を消してから、追いかけようと考えたが、やめた。あの印の速さを見て追いつける自身があまりない。
そして俺は鬱憤をぶつけるかのようにアスマへ過去のことを話した。
「と俺はガキの頃いつも一緒にいた。一緒に修行もした。は才能があって、俺にとって憧れだった」
「幼馴染ってやつか?」
「幼馴染と言えるのか不安だよ」
実際、俺はの顔が分からなかった。それは幼馴染とは言えないのではないか。俺は無意識に殺気を出していたらしい。アスマの顔が引きつっていた。
「は4歳の時、木ノ葉から居なくなった。俺に何も言わないで」
「最後の部分だけ強調するのはやめろ、あと俺に当たるな」
俺はアスマのラーメンにあまり好きではないメンマを乗せた。
「何で逃げるのかね。俺何かした?」
「知らねぇよ。捕まえるまで追いかけりゃいいじゃねぇか」
「そだね」
いつになく弱気な俺は、他に何か言えるような気力はなかった。
(2010/1/10)