幾時シリーズ
消えない記憶
朝日が昇って少ししてから、私は慰霊碑に着いた。
カカシに名前を教えてから、毎日慰霊碑には行っていたが、朝に行くことはやめた。
何故かカカシに会いたくなかった。毎朝すれ違う一般人としての私ではなく、20年前の、カカシと毎日汗を流していた頃の私が彼と会うのを拒んだ。
綺麗な朝日に照らされて、慰霊碑が色づく。
私が居ないうちに、この慰霊碑に私の知っている人の名が刻まれていた。
それは忍である私でも少なからずショックで、閉じていたはずの悲しいという感情が、少し湧く。
ただ、この慰霊碑に、カカシの名前がなくてよかったと思ったのは不謹慎だろうか。
「おはよう、」
カカシは気配もなく私の背後に立っていた。私は振り向かず、挨拶を返し、慰霊碑を見つめたまま話し始めた。
「…カカシを避けてたのは、合わせる顔がなかったから。
20年前にカカシに何も言わずに木ノ葉を出て行ったのは、家族での長期任務だったからよ」
「家族で長期任務…?」
「ええ。一般の中華料理屋を営む家族として生活し、木ノ葉に情報を提供する任務」
「それを1年前までずっと?」
「いいえ。2年前まで。両親が殉職してから私と助手で」
私は振り返った。カカシは、狼狽しているようだった。彼の顔の中で唯一感情が見て取れる右目が揺れ動いている。
天才だと言われる忍が、こんなに感情があらわでいいのだろうかと少し笑ってしまった。
「ご両親…殉職されていたのか」
「ええ。でも殺されたといった方がいいかもしれないわ」
「…どういうこと?」
私はカカシには話そうと思った。全て話して、全て聞いてもらう。
こんなことで今までの気持ちだとか、憎しみがなくなるわけじゃないけれど、カカシには話しておきたい。
今まで必死に隠してきたことを、カカシにはこんなにも話せると自分でも驚いた。
「私が18の時、両親は任務へ行くように指令が入った。
でもそれは敵が流した情報で、向かった先には敵が何百人といたみたい」
「…つまり、罠だったと」
「うん。両親は上忍だったから敵を全滅にはさせたらしいけど、致命傷を負って帰ってきた。
しばらくして…二人とも死んでしまった」
「……そのことは、三代目は知っていらっしゃるのか?」
「ええ。けど、三代目とカカシ以外は誰も知らない。誰も…父さんと母さんのことは覚えてないのよっ…」
涙が溢れた。泣いたのは、両親が亡くなった時以来かもしれない。あれから私はずっと強くなりたくて、泣く暇もなかったんだ。
「何でオレと三代目以外の人には言えないの?」
「遺言だから。父さんと母さんが最後に頼んだことだから」
「…そうか」
カカシの表情は見えなかった。私が俯いていたから。けど不意に体にぬくもりを感じた。私はカカシに抱きしめられて、満たされた気持ちになった。
「私は九尾が襲ってきた時、ミナトさんも、木ノ葉も救えなかった…それがカカシと合わせる顔がなかった理由」
「…それはオレにも言えることだよ」
「私も最前線で戦いたかった…」
「もういい、。過去のことだ」
一層強くなる腕の力は、苦しくはなかった。もっときつく抱きしめて、私を苦しめてほしいとさえ思った。
でも逆に幸せな気分にさせるカカシの腕は、鼓動は、もう何十年も前のものと何も変わってはいなかった。
「を捕まえたら連れて来いと三代目に命じられてるんだよね」
「…じゃあ行きましょう。久しぶりに三代目にも会いたいわ」
私達は離れて一緒に慰霊碑を見つめた。そこに両親の名はない。私の心に何かが浮かんだ。
○
私達はまだまばらにしか開いた店がない商店街を歩く。瞬身の術で三代目の下へ行けばいいのだが、私が拒んだ。
もう少し、カカシと時間を共にしたいと思った。前からシカクさんがやってきた。
「カカシ、朝からデートか?」
「まぁそんなところですかね」
「紹介してくれよ」
「中華料理店で働いている、です」
私が自己紹介をすると、シカクさんはとても驚いた表情をした。無理もない。私とシカクさんは、カカシと同じように20年ぶりに会ったのだから。
「そうか…か…大きくなったな。気付かなかった」
「ありがとうございます」
「ご両親はお元気か?」
瞬間、私の目からは涙が溢れた。覚えていてくれている人がいた。内密に任務に旅立ち、誰にも知られずに死んでいった両親のことを。
私を見たカカシは驚いていたが、少し微笑んで私の肩を抱いた。シカクさんも微笑んでいる。とにかく嬉しかった。
人の記憶は、そう簡単には消え去らない。
○
「よく来た。カカシもご苦労であった。こやつは逃げ足が速かろう」
三代目に会う頃には、私の気持ちは晴れ渡り、気分がよかった。カカシもそんな私を見ては微笑んでいる。さて、と言って三代目は話し出した。
重要な話だということは、忍の経験で感じとれた。
「。お主には忍に戻ってもらう」
「…私はもう戻る気はないのです」
「しかし今のお主の表情を見ると、何か変わったかのように思えるが」
確かに今の私は、カカシのことや両親のことに悩んではいなかった。
もう一度、忍をやりたい。そんな思いは、一般人として生きていたこの1年間でも抱いていたものだった。
ただ私には下忍の資格もない。ただ両親と共に忍の鍛錬を受け、実戦をしていただけだ。
もう一度、なんて言葉では無いのかもしれないけれど、それでも忍として生きていきたい。
考えを巡らせて、最後に隣に立つカカシを見る。彼はまっすぐ私を見て、そして笑って頷いた。
「もう一度、忍をやらせてください」
「よかろう。明日から特別上忍として励め」
「…御意」
私は一度深く呼吸をして、三代目を見た。三代目も私の何かに気付いたようで、少し笑った。
「慰霊碑に…両親の名を彫っていただけませんか」
「遺言はよいのか」
「私は親不孝者です。だから遺言を破ります」
「分かった。名を刻むようにしよう」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げ、カカシと共に部屋を出た。少し歩いたところでカカシが私の腕を引き、抱きしめた。
「は親不孝者じゃない」
また何かが溢れたのを、頬に感じた。
(2010/4/2)