immaginarsi
川原に彼岸花が真っ赤に燃えるように咲いていた。ときどき風に吹かれて、炎が燃え上がるように見えたのはたぶん錯覚だろう。
早朝7時、家のチャイムが鳴って出てみるとが笑顔で出迎えてくれた。望んではいないのだけれども。何?と聞くとは僕の手を強引に引き、川原まで連れて行った。
「彼岸花って」
僕らはその真っ赤に凛々しく咲く無数の彼岸花に囲まれて座っていた。強い風が吹いて、彼岸花が揺れ、止んだと同時にが口を開いた。それこそ風のようだった。
「どこかで怪我とか、亡くなってしまった人が流してきた血からできてるって思わない?」
「…君はいつもおかしなことを言う」
「彼岸花はたぶん、人の尊さを分かってほしいんだと思う」
「がそう思うなら、そうなんじゃないの」
「彼岸花がたくさん咲いたらそれだけ傷ついた人や亡くなった人が居るってことじゃないのかな」
「そんなこといつも考えてるの」
「彼岸花を見つける度ににそう思ってるわよ」
確かにそう言われればそうなのかもしれない、と思ってしまう。の考えることは不思議といつも説得力がある。理屈は通ってないことが多いのだが何故か自分の考えを見直してしまうのだ。
の言葉で幾度考えを改めたなんて正式な数は覚えてないが、かなりの数になるだろう。のおかげで僕の暴力的な行動も昔に比べれば減っていると思う。
「たぶん恭弥にも訴えてるんだよ、無差別に人を傷つけちゃいけません、てね」
少し僕をからかうように言った。確かに僕は人の尊さを分かってないのかもしれないな、とまた考えてしまった。のそういったところが好きなのかもしれない。
「君、カウンセラーとかに向いてるよ」
「いきなり何」
「前から思ってた」
「それはありがとう」
が立ち上がり、背伸びをする。僕はいつも彼女から猫のようだ、と言われるが、言ってる彼女も猫だと思う。気ままな性格やあまり人に懐かないのもそっくりだ。
「帰ろう、恭弥」
「さっき来たばかりじゃないか」
「群れるのが嫌なんじゃなかったの」
「もう少し、彼岸花を見ていたい」
「恭弥っておかしなところで意地を張るわよね」
はもう一度僕の隣に座った。子供が彼岸花を引きちぎり、地面から開放してやった、といっているような顔をしている。彼岸花はそれを望んでいたのか。
何故だか地面に咲いていた時の方が赤々と燃えていたような気がした。今はすぐに萎れてしまいそう。子供は千切った彼岸花を天にかざし、自慢げだ。
「バチが当たるわよ、あの子」
そうが静かに言った時、その子供が転び、大声で泣いてしまった。
「うわぁ、私が言ったら本当にバチが当たっちゃった」
「自業自得だよ」
「そうだけど…なんか可哀相に思えてきた」
「いいお節介だよ、それ」
僕は立ち上がり背伸びをする。結局二人とも似たもの同士なのだ。
「帰ろう」
「まだあの子がどうやって立ち直るのか見て行きたいわ」
「悪趣味」
「ごめんね」
しばらくすると、先ほどの子供は泣き止み、手に持っていた彼岸花を地面に埋めだした。反省していることを表現しているだけなのかもしれないし、実際本当に彼岸花に悪いことをしたと思っているのかもしれない。
どうせ罪を犯すのなら、小さな罪より大きな罪の方が優越感に浸れると思わない?、とに聞かれたことがある。
僕は、そうすると罪を償う期間が増える、と反論する。しかしは何食わぬ顔で言ってのけるのだ。それがいいじゃないの、と。
は人と同じ考えを持つことを拒む。だからいつも少し捻くれた考えが生まれてくるのだ。でもこんなこと言ってる時点で僕は、その考え方が好きなのだと分かる。
僕も同じ考えだからだ。人と同じなんて本当につまらないと思うし、僕の頭は、人と同じ=群れる、と思い込んでしまっている。
人間思い込むとそう簡単には直せないと言うことはこれまでの経験からハッキリしている。でも思い込むことによって自分を満足させることができる。
デメリットもあるがメリットもある。世の中全てが悪いことばかりではないのだ。だから、今の‘彼岸花鑑賞’にもちゃんとした意味があるはずだ、と思い込むことにした。
「あの子には幸せが訪れるわ」
「根拠はないのに」
「根拠はあるわ。さっき私が言ったらあの子にバチが当たったじゃない」
「君は恐ろしい女だよ」
「その恐ろしい女を愛してる貴方も十分恐ろしい人だわ」
いつもの彼女じゃない気がして身震いした。いつも以上に優しい顔つきをしている。その優しさに吸い込まれるように僕はに近づき抱きしめた。恐ろしい女ではなく、恐ろしさに震える少女に見えた。
「何かあったの」
「何もないわよ、何も」
「そう」
「…ただ」
「ただ?」
「…ただ、もう一度あなたを愛しなおそうと思っただけ」
「そう」
やはり僕たちは似たもの同士だ、と思い込むことにした。きっともそう思っている。似たもの同士の感だ。デメリットは、二人とも‘人と同じ’が好きではないこと、メリットは更に愛しくなったということ。
(2007/10/6)