sognatore




私の余命はあと半年。それは長くも短くもあるような気がした。最初に思ったのは、何しよう、旅行?何故か夢が叶う気がした。何でも出来るような気がした。 そういえば半年後には私の誕生日のあたりだった。できれば誕生日に死にたいな。そうなことを伝えたら恭弥は何と言うかな、少し楽しみだった。 今まで以上に楽しみが増える一方、不安も増える。不安を減らすには恭弥がそばにいないとダメだとかなり前にから分かっている。 私がわざと明るく振舞っているのは不安を蹴散らすためだと彼も分かっていると思う。


病名は医者の口から何度も聞いたのに全く覚えていない。有名な病気でも、難しくて長い病名だったような気もした。 ただ、母からの遺伝だとは知っている。母の病原体が幼い私に移ったのだと知らされた。母はかなり前に亡くなっている。 今、覚えていないということは私はまだ病魔に侵されてると自覚していないことではないのかな。自覚したくも無い、現実味が全く無かった。 いきなりあと半年しか生きれません、と言われても信じることは出来ないし、ましてやそれを教えてくれた人はこの間知り合ったばかりの医者なら尚更。 何年も付き合ってきた友人が言うのならば信用が出来ると理不尽なことを思った。それでも命は延びない。


恭弥は学校へ来いと言う。半年の命でも関係はない。もう半年の内の1ヶ月は経ってしまっている。でも痛みは何も無いし、食欲もある。 余命の知らせは嘘のように思えるけど、きっと恭弥が現実に戻してくれる。 だから学校へ来いと言ったんだと思う。私は胸の奥から溢れ出る感情に素直に従うしかなかった。


余命を宣告されてからずっと、学校へ行ってなかった。落ち込んで行けなかったわけではないと思う。諦めたわけでもない。 理由があるとするば、きっと笑顔を振りまくことが出来ないから。


始業時間よりも少し遅れて校門をくぐる。玄関へ行き、下駄箱に自分の名前があるのを見て安堵する。階段を上り教室へ向かう。 席は窓側の一番後ろ。欠席が多い私にはとてもいい席だと思う。椅子に座り用具を出す。 と言っても筆箱しか持ってきてない。今日の時間割が分からなかった。 どうやら今は数学の時間のようで、みんなノートと睨めっこをしている。鉛筆が走る音はとても懐かしく思う。 温かさと懐かしさは融合し、穏やかな気持ちにさせる。


ふと目線を下げると、太陽の光がフローリングの床に反射し、私の目にも飛び込んでくる。直接見るぐらい眩しくて目を閉じる。 とても新鮮な気持ちを味わえる。恭弥の言う通り、もっと早く来ていればよかったと後悔する。


授業が終わり教室が騒がしくなったと思うと、すぐに静かになった。どうせ恭弥が来たんだと予測して皆に迷惑はかけないように早めに教室を出る。


「」


案の定、彼は教室のドアまでやって来ていた。私を見つけると今まで皺があった眉間は少し緩やかになる。私は少し呆れながら、何?とぶっきら棒に聞いた。


「学校へきたなら応接室に来いと言ったはずだよ」
「さっき着いたばかりなの、ごめんね恭弥。今から行きましょう」


恭弥と肩を並べて歩く。廊下にたむろしていた生徒達は教室へ入ったり、壁側に寄ったり。花道ができ、それが当たり前だと言うように歩く恭弥に笑ってしまう。 応接室の近くへ行けば人など一人もいなくて、風紀委員が恐れられていることがよく分かった。 恭弥がドアを開ける。でも私のためにドアを押さえるなんてことはしてくれなくて、少し期待が外れてしまった。 でもコーヒーを淹れてくれたのにはビックリした、なんていうと咬み殺されるかな。


「私、夢があるの」


応接室に来いと怒っていたくせに恭弥は何も言わない。私は考えていたことを言ってみる。彼は何も言わずに耳を傾ける。 夢があった、と過去形にしないのは今も夢見ているからかな。


「先生になりたい。この並中の先生になりたい」


下を向いたら雫が流れる。


「まだ、夢見ていいの、かな」


顔を上げたらいつの間にか恭弥がいた。 目の前が暗くなる。それは決して未来に絶望したわけではなかった。





(2007/3/1)