朽ちる








彼の全身は血で真っ赤に染められていた。
彼のものではない、誰か他の人間の血。
服も顔も、真っ青な彼の髪の毛でさえも、赤く色づいていた。
それでも彼はその赤に染まり続ける。


「やめて」


口を歪ませながら、武器を振るう。
人を殺すことに快楽を得ているのか、それとも苦痛を隠すために笑っているのか。
真っ赤なのは彼だけではなくて、彼の立っている床も同じだった。
それでも彼は赤い海を作り続ける。


「もう、やめて」


彼女は泣いていた。
その流れ落ちる涙で赤い海を打ち消すことは出来なかった。
それでも美しかった。
恐怖で泣いているのか、それとも彼の行為に泣いているのか。
彼女の体は真っ白だった。
周りの色には正反対で一つ孤立する。
彼女は涙を流し続ける。


「や、めて」


その血に濡れた武器は決して彼女には向かなかった。
彼の視線も彼女には向かなかった。
彼女はただ泣きながら佇むだけ。
彼はただ嗤いながら殺すだけ。
彼女は言葉を紡ぎ続ける。


「骸、やめて」


彼は動きを止めて見えない空を仰ぐ。
彼女の言葉を聞き入れたようにも思えた。
実際には敵を全て殺した、というのが妥当だった。
彼は初めて彼女に目を向ける。
口元の皺はもう無かった。
カツカツと靴を鳴らしながら近づいてくる。
彼女はまだ絶えず涙を流していた。


「、泣くのはやめて」


それでも彼女は透明な雫を流す。
目は確かに彼を見つめていた。
声はしない。
彼は彼女を抱き寄せる。
両腕に力を入れる。
手にはもう武器は握られていなかった。
彼女の腕は彼の背中にはまわらなかった。
ただ、拳に力が入る。


「泣くのはやめて、」


言い終わる頃、彼女の涙は止まっていた。
力が抜ける。
全身を彼に委ねた。
彼女は目を瞑り、涙とは別の何か溢れるものに耐えていた。
彼はそれを知ってか、知らないのか。
何も浮かばなかった顔にまた嗤いが刻まれていた。
ただ、彼女の拳の力はそのままに。


「骸。罪は死んでもその体とともに輪廻するのよ」

「僕もそう思います」


なら、と彼女は顔を上げ彼の綺麗なオッドアイを見つめる。
そして呆れたように顔を背け、彼の胸に顔を埋めた。
ようやく彼女の腕が背中にまわる。
子供が温もりを求めるかのように擦り寄る。
彼女から滴り落ちたのは涙ではなく、安堵と落胆と自分への焦燥だった。






(2007/1/27)