午前6時。夜が明けたばかりの道路を流川はあくびをしながら、は鼻歌を歌いながら走る。 流川がこんなに朝早く起きているのは珍しい。今日はが起こしに行ったので仕方なく起きたのだ。


「目、覚めた?楓」
「全然」
「朝のランニングは清々しいでしょ」
「別に」


流川が少し前を走り、が後ろから話しかける。流川のそっけない返事はいつものことで、は笑いながらまた鼻歌を歌いだす。 しばらく二人とも黙々と走っていたのだが、途中で今までずっと歌われていたの鼻歌が急に止まった。流川はそれに気がついたが振り向いたりはしなかった。 流川との距離が少し離れた気がした。


「ねぇ、楓。こんな朝早い時とか、誰も居ない時とかに、道路の真ん中に寝てみたいとか思ったことない?」
「ない」
「つまらない幼少時代を過ごしたのね」


そう言った後、の足音が止まった。さすがに流川が振り向くと、いつの間にかが道路の中心で寝ていた。呆れた流川がに近づく。


「楓も寝てみなよ。自分達しかいないような感覚になるよ」
「いい」


流川がの顔を覗くと、少し苦痛に耐えているような表情だった。


「起きろ。そろそろ行くぞ」


そう言ってに手を差し伸べるが、彼女は一向に起き上がろうとはしない。


「実はさぁ。さっき足ひねっちゃった。歩けないの」
「…いつ?」
「道路に寝てみたいって話の前に」
「何で早く言わねぇ」
「…恥ずかしかったから道路の話してみたり、実際に寝てみたりしてみたの。でも今の状況の方がよっぽど恥ずかしいわ」
「…どあほう」


流川は更に呆れた顔をして、眉を寄せた。地面に乗せられたの手を流川は掴み、引っ張って上半身を起こさせる。 起きた反動での痛みなのかの顔が歪む。


「痛むのか」
「少しね」


笑いながらも少し強張った声を聞いて、流川は掴んでいた腕をはなし、‘乗れ’と言っての前へしゃがみ込む。


「いいよ。ゆっくりなら歩けるから」
「いいから乗れ。練習に遅れる」
「分かった。何処に行くの?」
「俺ん家。湿布貼ってやる」


このまま楓の家まで行くのは恥ずかしいな、とは思いながらも、もう選択肢は残っていなかった。 流川の大きな背中に身を任せる。背中からのぬくもりで、今日一日が終わってしまってもいいような気がした。




「はい、手当てできたわよ」
「ありがとうございます」


流川の家へ着き、はてっきり流川が手当てしてくれるものだと思っていたが、家へ着くなり流川は‘シャワー浴びてくる’と言ってさっさと行ってしまった。 なので仕方なく流川の母親に手あてをしてもらっていた。 流川の準備が整うと練習のため家を出る。マネージャーであるも一緒に出る。


「今日は休め」
「大丈夫よ。少し捻っただけだし」
「…後ろ乗れ」


自転車の荷台へ腰をおろす。今まで何度も二人乗りはしているので、慣れた様にの両腕が自然と流川の腰へと回される。 は頬を流川の背中へつける。先ほどと同じように小さなぬくもりがだんだん大きく感じてきた。 そのまま何の会話もなく学校へ着く。口に出さなくても頬から伝わるぬくもりで全て分かるようだった。


「部内恋愛禁止ー!」


駐輪場で自転車をおいていると、桜木が指をさしながら大きな声で言った。


「そんなこといったら晴子ちゃんとどうなるのよ、花道」
「俺は俺だ!お前らのは見てて腹立つ!特にルカワ!」


流川は桜木を完全に無視して体育館へと歩き出す。その態度に更に怒る桜木には苦笑いをした。 体育館に入ってもまだ桜木は喚き、流川の機嫌が最高潮に達していた。はまだ痛むのか少し足を引きずりながら、流川の少し後ろを歩いていた。 そしていつものように流川親衛隊が見学に来ていて、流川が見えると声を上げていた。それが流川の機嫌を収める箱を壊す原因になった。 物凄い勢いで後ろを振り向き、の元へ歩いて行き、腕を引っ張ったかと思うと、二人の唇は重なっていた。 は目を見開き、近くにいた桜木は口を開けたまま突っ立っていた。すでに体育館に入っていた三井や宮城や彩子も驚く。 一番驚いたのは親衛隊だろう。声もなく悲鳴をあげ、静まった。 しばらく固まっていたが必死に抵抗してどうにか二人は離れた。ただ、流川はの肩を掴んだままだ。


「皆がいる前でする必要ないでしょ」
「見せつければいい」









ぬくもりの日