風来








「あっ、千歳こんなところにおった」
「ん?、どぎゃんしたと?」


中庭の芝生で横になっている千歳を見つけた。探していたのは事実だが、特に用があったわけじゃない。 いつも風のように消える彼を、捕まえてみたいと思ったのかもしれない。


「いや、見かけたから。部活いかへんの?」
「んー、今日はやる気せんたいね」
「今日も、やろ」


は厳しかー。彼はそう言って笑った。会話が無くなる。横に座る。彼は何も言わずに昼寝を楽しんでいた。 不意に彼の髪を触ってしまった。そんな気は全くなかったのに、不思議と自然に手が伸びた。彼は少し驚いたように体を起き上がらせた。


「なんね、」
「好きやなーと思て」
「へ?」
「い、いや!なんでもない!気にせんといて!」


これも勝手に口から出た言葉。ずっと前から千歳のことが好きだった。見ていた白石や謙也にも分かるくらいに。 でもそれを伝える気は全くなくて、柔らかい彼の態度を感じられたらよかっただけなのに。 慌てて立ち上がり、走り出した。こんなことしたら嫌でも彼は分かってしまうのに。馬鹿やな、私。 何故か教室に戻ってきていた。放課後の校舎は誰も居なかったから、当然教室も空だと思っていた。


「お、やん」
「何や、忘れもんか?」
「何でおんねん、白石と謙也…」


静かな教室で一人この恋心と別れを告げようと思っていたのに。私は彼らに聞こえるように強く溜め息をついて、窓際の席に座った。 謙也は今日日直で、日誌を書いているのは分かるが、何故白石もいるのか。思っただけなのに、バイブルは口を開いた。


「謙也に泣きつかれたんや。一緒におってや〜言うて」
「言うてへんわ!」
「あーもううっさいわ2人とも!ちと黙っときや!」
「何や、何かあったんか」
「な、何もないわ!」
「嘘やん!自分下手やな嘘つくんが」
「うっさい!」


机に伏す。今日はもう何も考えたくない。暗くなるまでここに居よう。そう決めたのに、お節介な奴らがまだいた。


「俺ら何でも聞くで?」
「分かった!千歳やろ!」


ビクッと肩が揺れた。こんなに動揺したのは初めてで、それに動揺した。もういややわ自分。消えたい。


「告ったんか…?」
「…言ってしもたんや」
「何て…」
「…好きやなーって」
「何で今?」
「…自分でも分からん…自然に言っとった」
「まぁ、しゃーないな」
「…財前ですか」
「んで、千歳の反応は?!」
「……恥ずかしくなって逃げてきた」
「アホか!」
「せやかて!無理やって!」
「何でそこだけ乙女やねん!」
「うっさいわ謙也!」
「せや、俺が部活ん時に千歳に探り入れてみるわ」
「でも、千歳今日部活行く気ないって言うとったよ?」
「いや…あいつコートに向かっとるで?」


謙也が窓の外を見て言った。白石が、じゃあ作戦開始や!とか言ってテンションが上がっているのが分かる。 私はまるで他人事のように知らない振りをして、また机に伏した。早く今日が終わればいいのに。









「何や千歳、久しぶりな気いするな」
「…そんなことなかよ」


何でもないように振舞っても、今の答え方では、少し元気がないように聞こえるな。 そんなことを思いながら俺は準備運動をした。金ちゃんが早く早くと師範を引っ張っているのを、今日はあまり微笑ましいとは思えない。 が急にあんなこと言うのがいかんとよ。そんなことを心で思った。


「何で今日部活にこようおもったん?」
「…テニスばしたいと思ったたい…こげんこつだけじゃいかんと?」
「いや、別にええねんけど…」


少し戸惑った白石を久しぶりに見た気がする。それぐらい今の俺は手に負えんらしい。


「お、珍しいな、が見にきとる」
「えっ?」


白石が見つめる先に、確かにがいた。熱狂的なギャラリーとは離れたところに一人でポツンと座っていた。 何だかもの寂しく感じ、俺はどうしようもない気分になる。同時に、伝えなければいけないとも思った。


「白石、ちいとばかし部活抜けてもよかと?」
「ええで、しっかり話してき!」









白石と話していた千歳が、走ってこっちへ向かってくる。それは分かっているのに体が動かない。 早く逃げんと!そんな思いがあるのに、私は座ったままだ。


「っ!きとったとね」
「う、うん。ごめんね、邪魔やったやろ」
「んなこつなか!」


千歳がいきなり大きな声を出したから、私もギャラリーも、練習をしていた部員でさえも静かになった。 私はその状況に少し焦りながらも、千歳の行動にしか頭になかった。 何で私のところに来たんやろう。何でそんなに慌ててるん。


「さっきはすまんかった。俺、何も言わんと…」
「それは、私が逃げたからで!千歳は全然悪くは…」
「ばってん!俺にも言わせてほしか!」
「な、何を…」
「俺ものこと好きたい」


風が吹いた。いつもは悪戯な風が、何故か今日は愛らしく感じた。全てが夢のようにも。


「嘘や、だって千歳そんな態度やなかったやん…」
「んなこつ表に出すわけなか。ただ、さっきのはたまげたとよ」
「何で…?」
「俺だけだと思っとったたい」
「嘘や…」
「嘘やなか」


さっき私が千歳の髪に触れたみたいに、私の髪に千歳が触れた。優しくて柔らかくて、温かい手が触れた。 千歳の顔を窺うと、少し照れて、ぎこちなく笑っていた。私も笑う。


「はむぞらしかねー」
「どんな意味?」
「可愛いっちゅー意味たい」


そうやって抱きしめるのは、風来なあなた。