私は江戸にある道場主の一人娘。
女だから道場を継ぐことはできない。
武士にもなれない。
幼い頃から決め付けられるのが嫌いだった。
当たり前、が嫌いなのだ。
だから、女なら習わなくてもいい剣も自分からやるようになった。
男と同じ練習を毎日して、辛くないわけがない。
それでも女でも剣はできることを認めてほしかった。
けれど男と女の差は歴然で離されていく。
戸惑いながら、それでも剣を続けた。
私は何をすればいいのか。
どう生きていけばいいのか。
文久二年
清河八郎という男が江戸近隣の浪士を集め、浪士組と言うものを作るらしい。女の私には縁のない話だったが、気になり父に聞いた。
詳しい話を聞くと、私はその組織がとても煌びやかに思えた。浪士を集めると言うのだから見栄えがいいものではないだろう。
しかも私は幕府の為に力を尽くそうなどとは思っていないのだから不思議だった。何故か羨ましかった。
翌、文久三年 二月
浪士組に参加する者達が伝通院に集結した。私の道場にも案内がきていたので門弟の何人かは浪士組に参加すると言って出て行った。
父は何も言わずに見送ったが、どう思っているのだろう。
同年 三月末
出て行ったはずの門弟が次から次へと帰ってきた。理由を聞くと、清河が寝返ったとのことだった。浪士達に学のないをいいことに清河は小難しい言葉を並べ説明したと言う。
「それで全員が全員戻ってきたのですか」
「いいえ。試衛館という田舎道場の近藤一派と水戸藩の芹沢一派が京に残りました」
試衛館、近藤、と呟いてみる。あんなにたくさんの男達が居ながら京に残ったのはたった数人だと聞き失望した。
いくら立役者が舞台を降りたからといって、最初の決意は何だったのだ、と呆れた。結局は皆、金目当てか、それ以上に士道が全くなかったのだ。
男に、武士になりたくてもなれない私ならその機会を絶対に手放さないのに。
しばらく何もない普段通りの生活が続いた。稽古をし、汗を流しては家事を手伝い、寝る。同じことの繰り返しには何の希望も湧いては来なかった。
文久三年 九月末
「かなり前だが、お前に奉公先を探すように言っていたな」
「はい?」
突然、父に呼び出され何事かと思い、気を引き締めていたが一気に解けた。一、二年も前の話である。
「奉公先を見つけておいたぞ」
解けた緊張がまた固まる。まだ剣を磨きたかったのに。真っ先にこの思いが浮かんでくる。
「、京へ行きなさい。新選組へ」
京へ残留した近藤・芹沢一派は「壬生浪士組」という名前を名乗っていたが、芹沢が死んだ後、「新選組」へと改めていた。
「…新選組、ですか?あそこは武士が集うのでは…?女子の私など…」
「女中として働くのだ。そして稽古に参加しなさい。ただし実戦には参加しない」
「何故、新選組なのですか」
「京に残った山南敬助とは顔見知りだ。文を送り頼んだ。お前、新選組が気になっていただろう」
図星だった私は俯いた。感情をあまり出さない様にしていたのに、何故分かったのだろう。
「行けるか、。きっといい奉公先だ」
「参ります。真の武士と会いたいのです。剣も続けたい。最高の奉公先です」
私は期待と不安が織り交ざり、複雑な笑顔で頭を下げた。
二日後。私は旅の格好をして江戸を出た。浪士組も通ったという中山道を行く。これから数十日かけて京へ向かう。
後悔はしていない。新選組には私を奮い立たせる希望が見える。もう進むことしか考えていなかった。
真朱の希望