「私の見る夢は、全て正夢になるのです」
は落ち着いたところで、山南に自分の不思議な能力のことを話した。そして今見た、体験した夢の話も。
話しながらも尚、震える体を、は自分で抱きしめていた。
「辛いだろうね。君は見た夢を、後に現実になるであろう夢を、一人で抱えなくてはならない」
「…もう慣れたことです」
「今見た夢も、現実になると?」
今見た夢が現実になる、ということは、歳三は少なくとも怪我を負うこととなる。命を失うかもしれない。
は一度深く考えるように、目線を落としてから、先程より強い眼差しで山南を見た。
「この夢が現実になる前に、変えることはできると思います。私はできることをしたいのです」
「そうだね、絶望してはいけない。何事にもそうだよ」
「はい。私は今から池田屋へ行こうと思っています」
「その斬り合いは池田屋で起こるのか」
「はい。もう斬り合いは始まっているかもしれない。許しを」
山南は返事に迫るを一目して、池田屋へ向かうことを許した。それを聞き、頭を下げ礼を言い、立ち上がるを、山南は少し止めた。
「これを持って行きなさい。使わないことを願っている」
そう言って山南は自分の愛刀をに渡した。は刀を手に持った時、様々な思いが剣に乗り、とても重く感じた。
行って参ります、そう言って走った。子の刻(午後11時)のことであった。
○
しばらく闇の中を走った。人だかりを見つける。新選組ではない兵士が一軒の旅籠を囲っている。
おそらくあれが池田屋で、もうすでに戦闘は終わっているようだ。の鼓動は早くなる。立ち止まってしまった。
歳三の安否を知りたいが、夢の現実を見るのが怖いのだ。しかし、自分を奮い立たせ、前に進む。
大勢の町人をかきわけ、兵士の前まで来た。は覚悟を決める。
「ここからは入れぬ」
「通してください!」
辺りがざわつく。自分でも出したことのないような大声で言い合う。何を言っても通してくれない兵士に痺れを切らせ、が山南から預かった剣に手を伸ばす。柄を握り、力を入れて構える。
「っおい!やめろ!」
「お願いします!通して!」
警備の者達は一瞬怯む。まさか女が斬りかかってこようとは、思わなかったからだ。その瞬間、に動きがあった。
「君!」
しかし騒ぎを聞いた近藤がやって来て、を止め、兵士に説明する。どうにか通れたは、近藤に礼を言うのも忘れて駆ける。
ただ一人の人を探すのに、周りが見えていなかった。そして愛しい人を見つける。
「歳三さんっ!」
「っ?」
は安堵と喜びで歳三に抱きつく。歳三はを受け止めたものの、驚いている。
「何故ここにいるんだ」
「っゆ、夢で、歳三さんが…斬られて、それで私怖くてっ」
「…分かった。もういい、泣くな。俺は生きている」
歳三の羽織に血がついていようと構わずに、必死に抱きつく。まるで生きているのを確認するかのように。
歳三も小さなの体を力を込めて抱きしめた。
「よ、かった」
「いいか、夢が全てではないのだ。囚われるな。」
「はいっ」
体温を感じる。心音もする。声が聞こえる。歳三は生きている。はそれだけで十分であった。
「やっぱりなぁ、俺の言った通りだろ!新八!」
「まさか本当に恋仲だったとはなぁ」
が落ち着くと、原田や永倉などが詰め寄ってきた。は苦笑いしながらも、顔を赤く染めていた。
「、総司と平助を見てやってくれるか」
「分かりました」
歳三にそういわれ、は二人の手当てをする。沖田は斬られているわけではなく、昏倒したようだ。
は知識を引き出し、適切に手当てをする。だが、本人が返り血だと言い張っているものが、にはどう見てもそうは思えなかった。
沖田以上に酷いのは藤堂である。額を割られていた。これはがどうこうできる程度ではない。応急手当はしたが、危ないところである。
新選組が帰屯をする行列の中で、二人は戸板に乗せられた。は自分の至らなさ、力のなさに今更ながら嘆いた。
○
屯所に戻ると、隊士達が忙しく走り回っていた。報告や、怪我人の手当てなど、大きな事件が終わっても、安堵などしていられなかったのだ。
も怪我人の世話をしていると、山南の愛刀を返していないことを思い出し、部屋へと取りに急ぐ。
「この剣は使わなかったかい?」
「はい。手にはかけましたが、抜かなかったです」
「それはよかった」
山南は微笑みながら自分の剣を受け取る。少し考えるようにその愛刀を見つめると、と向き合った。
「この剣は君に預かってもらいたい」
「そんなことっ…できません」
「いいんだ。私はもう剣を握る機会は少ないだろう。この剣を君に持っていてもらいたいのだよ」
「……分かりました。大切にお預かりいたします」
は複雑な表情で受け取り、山南は満足気な表情で剣を渡した。
(この優しい人の、優しい剣を、血で染めぬようにしたい)
は心からそう思い、剣を握る手に力を込めた。話はの夢のことになる。
「君のその能力を他言してはいけないのかい?」
「…あまり言わないでほしいです」
「分かった。誰にも言わないでおくよ。土方君は知っているのかい?」
「はい。知っているのは、土方さんと山南さんだけです。でも何故土方さんが知っていると?」
「原田君が帰ってきて早々、私のところに来て言いふらしていたからね」
「何をですか?」
「君と土方君の関係をだよ」
聞いた瞬間、は羞恥を覚えた。そしてこんなにも噂というものは、早く広がるのかという驚きも持つ。
山南の顔を窺うと、にこやかにを見ていた。そしてこの部屋に近づく気配が一つ。
「山南さん、入るぞ」
「土方君か、どうぞ」
噂をすれば、と言った表情で、山南はを見やる。二人は密かに微笑み合った。
は、副長と総長との大事な話だと思い、席を外そうと立ち上がったが、歳三に制されまた座す。
歳三は山南に今回の池田屋でのことを細かく知らせた。
も途中までは山南と一緒に屯所にいたので、知らないことも多々あり、興味深く聞いた。
話が一段落つくと、山南が口を開いた。
「君の夢の話を聞いたよ」
「どう思った?」
「素晴らしくも、辛くもある能力だね。だが予知ができたとしても、新選組のために使いたくはないよ」
「俺も同じだ。こいつを血の世界に連れ込みたくはない」
(二人はよく言い争いをしているけれど、お互いが最大の理解者なのね)
は思う。二人とも似ていて、そして何より優しいのだ。だからぶつかり合う。は心が痛かった。
夕餉の支度をする時刻となり、は部屋を退出する。山南はこの時を待っていたかのように、口を開いた。
「君のどこが気に入ったんだい?」
「あいつは俺と似ている。…それだけだ」
夢と現