「これは俺の自論だ」


が退出したのをいいことに、俺は長年苦しめられた、自分自身の考えを告げる。


「いつしか種を蒔くとする。
 蒔いた種は愛しい者となり、俺もその愛しい者も苦しめる。
 だから俺は所帯を持たない。
 俺は自分が苦しむとしても構わないが、待っている愛しい者たちを苦しめるのはよしとはしない」


俺は長々と話したが、一度も山南さんの顔を見なかった。恐れていたのかもしれない。少し照れくささがあったのも原因か。 山南さんの表情が分からないまま、俺は応答を待った。


「ならば土方君。今、君と関係を持っているということは、彼女を苦しめてもよいということかい?」
「俺がと恋仲になったのは、あいつは俺が死んでだとしても苦しむような弱い奴だとは思わなかっ
 たからだ。あいつは強い。俺がいなくなってもきっと生きる」


俺は本当にそう思っている。俺は剣に生きる奴に心の弱いものはいないと感じている。は女だが、剣を磨くものとして強いだろう。


「土方君ががよいのなら、私は口出しはしないよ」


山南さんは反論もせず、ただ黙って聞くだけだ。俺はそれが心地よく、この人のいいところだと思った。 自分でも今日はよく喋ると嫌悪しながらも、俺は続けた。


「俺はを、島原の遊女を同じにはしたくなかった。
 何か関係がほしかった。
 夫婦になるより浅く、遊女の関係よりも深い契りが。
 がいることで、俺は生きようとするだろう。
 今までは逆だった。
 もし所帯を持ち、戦で死んだなら、残された妻子はどうなる。
 そんなことが頭にあった。
 今もまだある。
 しかしまだ何も成していない今だからこそあいつが必要だと気づいた。
 何か成そうとした時が、俺との別れ時だ。
 潔く死ぬことが出来る」


俺は、自分でも本当に思っているのかさえも分からない、次から次へと口から出てくる今の話が信じられない。 そして、俺と山南さんは、つい最近まで声を上げて討論していた間柄だとは思えないほど穏やかだった。 俺はこんな山南さんの態度に安心し、全てを吐き出してしまったのだ。 柄にもなく、自分の思っていることや考えていること全てを。 俺は久しぶりに心洗われた気分になり、多摩にいた頃、芋道場で皆で騒いでいた頃を何となしに思い出していた。









「食事の支度ができました」


歳三と山南との話が一段落した頃、が襖越しに声をかけた。その謙虚さが、普通の女も同じだとしても、はそれ以上だと歳三は思えた。 三人は広間に行き、幹部や平隊士達と食事をとった。 ここ最近は池田屋のことで忙しく、近藤や歳三は食事は自室でとっていたので、久しぶりに隊士のほぼ全員と食事を共にできた。 今日の山南は調子もよく、この場に出ることが出来た。皆が集まり、食事が出来ることがは嬉しかった。 は食べ盛りである隊士達のそばにつき、おかわりをよそったり、開いた皿を下げたりしていた。 そして酒を注いだりもしていた。歳三の酒を注いでいる時、少し離れたところに座っている沖田と原田が、抑えた声で話していた。


「まるで夫婦だぜ」
「本当になればいいのに」
「土方さんは所帯を持つ気はないんだろ?」
「郭で遊ぶのが土方さんだったんですけどねぇ」
「俺は夫婦になるにかけるね!」


原田は賭け事を始め、少し大きかったその声に周りの隊士が賛同し、賭けが重なった。沖田は歳三との姿を見、小さな声でもらした。


「私には厳しい暗闇しか見えませんよ」









夕餉が終わり、は他の女中と片付けを終わらせ、自身の食事を済ませた。 一日の全ての業務が終わり、一息ついた頃、歳三が台所へやってきて、に自室へ来るように言った。 歳三の後をはついていく。大事な話だろうと察したは、少し緊張していた。 歳三の自室に着く。向かい合って座るが、やはりは歳三の目を見ることが出来なかった。


「。お前はいいのか」
「…何がでしょうか」
「大まかに言うと、俺との関係が皆に知れたことだ」
「……私は何とも思っておりません。ですが、歳三さんの妨げになるのでしたら、私はいつでもっ」


が最後まで言う前に、歳三が彼女を腕におさめた。は言おうとした言葉を繋げることは止め、歳三が話し出すのを待った。


「俺はいい。お前がいいならそれで」


は歳三の心地よい声が耳元で聞こえ、身震いする。彼の声は琴のそれより美しく、波のそれより穏やかである。 はそう思い、もはや病だ、と笑みを浮かべた。


「山南さんの剣を託されました」
「…お前はその剣を使うのか?」
「あの人の剣を私などの手で汚したくありません」
「だが、山南さんはお前に託した。お前がどうしようと、あの人は構わないだろう」
「…私は、人を斬るしか道がないのでしょうか。剣を習う以上、人を斬るしか…」
「お前は人を斬らずに済む道を選ぶだろう。だが、それでお前が危険になるならば、人を斬れ」
「私が今頷いても、人を斬ることはできないような気がします」


歳三は何も返さず、ただ、を抱く力を強め、離した。虚しい体温が二人には残った。


「その時は近い。そう感じないか、」






心を告げる