文久三年 十月中旬

京へ着いた。壬生にある新選組の屯所へと歩く。京の町は江戸よりも華やかな気がした。自然と気持ちが昂る。私の理想とする最高の武士がそこにいる。





「と申します。精一杯励んでまいります」
「道場から娘さんが来るというから、どんなおてんばかと思っていたが、品がありますな」


そう言って大口を開けて笑うのは新選組の大将である「局長」の近藤勇。温厚な人柄のようで快く受け入れてくれた。


「道場にはお世話になった。こんな綺麗な娘さんがいたとは知らなかったな」


局長の隣で穏やかに座るのは、総長の山南敬助。この人がいたから私は京に、新選組に来れたのだ。 この人たち意外にもう一人、副長に就いている土方という人がいるらしい。今は用で出かけているようだ。


「土方さんが帰ってきたら紹介しますね。私は副長助勤の沖田総司です」


にこにこと笑いながら明るく言った。この中では一番若いようだった。


「ここには男しか居ませんから賄いが大変だったんですよ」


助かります。と満面の笑顔で言われると私の腕にも力が入る。


「総司、くんに屯所を案内してきなさい」
「分かりました。行きましょうさん」


部屋を出てからは、沖田さんに台所へ案内してもらったり、日常のことを教えてもらった。


「さんは稽古には出てくれるんですよね」
「はい。私は剣しか楽しみがないので」
「私やここの人たちと同じですね。きっと楽しくなりますよ」
「そうですね。これからよろしくお願いします」
「あっあと土方さんには気をつけてくださいね。あの人、手が早いから」
「えっ?すみません聞こえな…」
「ひとり言です」


‘土方さん’という言葉以外はよく聞こえなかった。心のどこかに引っかかる。
一通り案内してもらい、局長の部屋へ戻ってきた。中へ入ると、別の青年がいた。


「近藤さん、この子がちゃん?あっ俺、副長助勤の藤堂平助」
「初めまして。です」
「こんな綺麗な子が剣を握るんだろ?楽しみだなぁ」
「あまり期待しないでくださいね」


沖田さんが言っていた通り、剣のことがすぐに話題に出たので笑ってしまった。沖田さんもそれに気付いたのか一緒に笑っていた。


「くんの部屋を私と土方くんの間の部屋にしようと話し合ったんだが、いいかね」
「二人の間の部屋なら、もし何かあっても大丈夫だからね」
「そんな、一部屋も頂かなくても押入れの中とか倉でも大丈夫なのですが」


一瞬静まり、一斉に皆笑い出した。


「くんは面白いことを言うね」
「私達は酷いことをしてきた集団かもしれないけれど、女子にそんなことはしないですよ」


それから様々な決め事をした。父から言われていた‘稽古には出るが実戦には出ない’ということも決めた。


「夕餉の支度をしてきますね」


話が一段落したら、丁度そんな時間だった。


「何か分からないことがあったら、いつでも聞いてくださいね」


私は返事をし、一礼して部屋を出た。沖田さんに案内してもらったばかりの屯所の間取りを頭に浮かべる。上手に作れるだろうかと少し心配になっていた。 廊下を曲がったところで声をかけられた。


「おい、あんたか?」


振り返ると色白で長身な男が立っていた。どこか冷淡な雰囲気を持った人だった。ただ、惹きつけられるような感覚にもなる。


「もしかして、貴方が土方さんですか?」
「あぁ、副長の土方歳三だ」
「です。よろしくお願いします」


頭を下げようとした途端に腕をつかまれた。


「こんな華奢な腕で剣が握れるのか?」
「女だからと軽蔑されましたか?」


この男も新選組の副長だからと言っても、やはり今まで会ってきた男達と同じなのだと落胆した。しかし彼は違っていたのだ。


「いや俺は女だからと軽蔑したりなんかしねぇよ」
「…何故ですか?」
「俺も百姓だとか商人だとか散々言われてきたからな。男と女は違えど、気持ちは同じだ」


彼は今まで会ってきた人間とは全く違う人だった。


「そんなに驚くことを言ったか?」


目を見開いて驚く私に土方さんは笑いながら手を離した。そのつかまれた腕が熱を持っていた理由は、後に分かることだった。





「ちゃんは流石江戸の人だな!味噌汁が濃くて美味い!」
「最近は京の薄味にも慣れてしまっていましたけど、やはり江戸の味が一番だ」


皆の言葉はお世辞だと思っていたけれど、誰もが美味しそうに食べてくれるので嬉しくなった。


「今日はしっかり休んでくれ。明日は必要なものを買うといい。稽古は明後日からで構わないから」
「ありがとうございます。ただ京に来たばかりで地理に疎いので誰か付き添ってほしいのですが」
「俺が行こう。どうせ明日は非番で暇だ」


土方さんが沢庵をつつきながら言った。意外な人物の申し出に頼んだ私が戸惑った。それを感じ取ったのか土方さんが不機嫌そうに言う。


「何だ、俺じゃあ役不足か?」
「い、いいえ!ただ何も土方さんが来て下さらなくても」
「どうせ他の奴らは見廻りや稽古で時間がねぇよ」
「でも…」
「トシがこう言ってるんだ、我が侭に付き合ってやってくれ」


片付けも終わり、お風呂にも入れさせてもらった。私が上がるまで誰かが見張りをしてくれるので安心して湯船につかることが出来る。 今は子の刻(午後十一時)ぐらいだろうか。慣れない場所なので深い眠りにはつけず起きてしまった。隣の局長室から灯りがもれている。 局長と土方さんの話し声が聞こえた。こんな遅くまで何か決め事だろうか。 ‘明日は非番で暇だ’と土方さんは言っていたが実際忙しいのでは?申し訳ない思いが込み上げてくる。 やがて話が終わったのか襖が開く音がして、足音が近づいてきた。私は部屋の襖を開けて廊下へ出る。丁度自室に戻ろうとする土方さんがいた。


「土方さん、お疲れ様です」
「お前、起きてたのか」
「これだけ言いたかったのです。おやすみなさい」


感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げた。私はまだここに来て一日も経ってないが、この人の陰ながらの支えがあるからこそ新選組が成り立っているということを肌で感じた。出来る限りのお手伝いをしよう、そう思った。


「あぁ、おやすみ」






朱風舞う