「土方さんと何かあったの?」


京を出立して半日ほど立った頃、話題もなくなり、無言が続いていたのを藤堂が破った。 は、はっきりと尋ねてくるのは藤堂が始めてだったので少し驚いたが、これくらい真っ直ぐな質問なら逆に答えやすいと思った。


「特に何かあったわけではないんです。私が避けてるだけで…」
「ふーん。でも何で?」
「私は…人を斬ってしまいました。その汚れた体を晒したくはなかったのです」


藤堂は両腕を後頭部で組んで、少し考えるような表情で歩き続けた。 しばらくどちらも口を開かなかったが、は嫌ではなかった。


「それってさぁ…ちゃんが土方さんのことそれぐらい好きってことだよね?」


唐突に藤堂は言い、の頬は染まった。それを見て藤堂は、ニッと笑い、満足したように歩いた。


(こういうところに土方さんは惚れたのかなぁ)


藤堂は普段は聞けない二人のことを聞け、気分が良かった。









それから何日か経ち、江戸へついた。藤堂がの歩く早さに合わせていたので、多少は到着が遅くなった。 それに罪悪感を感じ、謝るに、藤堂は戸惑いながら制した。


「それじゃあ俺は隊士募集の準備をしてくるよ」
「あの、藤堂さん。江戸に居る間、旅籠へ泊まる気ですか?」
「そのつもりだけど…」
「よかったら私の道場へ来ませんか?」
「いいの?」
「ええ、歓迎しますよ!隊士募集の受付や審査もうちでやられてはどうです?」
「それじゃあ迷惑が…」
「父に聞いてみなければ分かりませんが、おそらく大丈夫かと」
「お言葉に甘えるよ」


藤堂は内心、の提案には正直助かったと思っていた。 費用も浮き、有名な道場であるの実家なら、それなりに応募隊士も来るだろう。


「ただいま戻りました、父上」
「よく無事戻ってきた、」


二人は道場へ行き、の父と対面した。
は何度も父と文通をしていたため、一年振りの再会にもかかわらず、不思議と懐かしさはなかった。


「こちらは新選組八番隊組長の藤堂平助さんです」
「藤堂です。さんにはいつもお世話になっています」
「こちらこそ。江戸までも護衛してくれたようなもんだろう」
「その通りです、父上」


少し雑談をし、から道場を貸して欲しいとの申し出に、の父は承諾の意を即座に唱えた。 藤堂は礼を言い、準備を始める。も手伝いたかったが、江戸に戻ってきた意味を忘れてはならない。


「父上、お祖母様は…?」
「今、床の上だ。もう一月ほど動けずにいる。会ってやってくれ」
「ええ。そのために戻ってきたのです」
「母も喜ぶよ」


父と別れ、祖母の寝室へ赴いた。布団の横に座り顔を窺うと、本当に顔色が悪かった。 目を瞑り、寝ているようだが、死んでいると言われても信じてしまうかもしれない。


「お祖母様、です。お祖母様」


祖母の耳元で優しく囁き、来たことを告げる。起きなくてもいい。せめて自分が来ている事が伝われば、とは何度も呼びかけた。 すると、祖母の目蓋がゆっくりと開き、の瞳をとらえた。


「…かい…?」
「はい、です。戻ってまいりました」
「無事で何よりだね。京は…新選組はいいところかい?」
「ええ。とてもいいところです。後悔などしていません」


は祖母の手を握りながら話した。祖母は笑顔を見せながら、か細い声で話した。


「何も言わず、京へ行ってしまい、申し訳ありませんでした」
「の顔を見て、怒りもなくなったよ。楽しいんでいるのでしょう」
「はい」
「……そして、恋をした」


とても驚いたが、声を上げはしなかった。の眉尻が少し上がっただけだ。 それでも、の祖母はそれを肯定と認め、優しく微笑んだ。


「私は長くはない。もうお前に怒ったりはしないよ」


女の生き様や仕来りをに厳しく説く、あの頃の祖母ではなくなっていた。 は涙を流し、力の入らないその手をもう一度強く握った。









「お久しぶりです、伊東先生」
「よく無事だった、平助」


と藤堂が江戸に到着してから三日程経った。は道場で受付をしながら、祖母の面倒もみた。 藤堂は江戸中の道場を駆け回り、募集をした。そして忙しさが一息した今、自分が通っていた伊東道場へと出向いた。 道場主は伊東大蔵。北辰一刀流である。藤堂は伊東を師匠として、そして剣士として尊敬していた。 論理的で誰でも言い負かしてしまえそうな口調はあまり好かないが、人柄にも惚れている。 藤堂はこの師を、新選組に迎え入れたいと考えていた。 尊王思考が高い彼だが、それが新選組のためにも、伊東自身のためにもなると考えたのだ。


「是非とも我々の下へ」
「…が女中で奉公していると聞いた」
「はい。彼女は俺と一緒に江戸へ戻っており、今は実家の道場にいます」
「明日、彼女をここへ連れてきてはくれないか」
「…分かりました。ですが何故…?」
「彼女次第で加盟を検討しよう」


藤堂は驚いた。を知っていることにも、その彼女次第で決めることにも。 何故、とは思ったが、伊東のことである。何か考えがあるのだろうと、藤堂は明日面会の約束をし、道場へ帰った。


「明日、伊東道場へ一緒に来てくれないかい?」
「伊東道場とは…大蔵先生ですか?挨拶に行こうと思っていたのです」


は懐かしむような顔つきで喜んで明日のことを了承した。これで一つ分かった。彼女と伊東は知り合いなのだ。 しかし、藤堂は決してに事情を話し、伊東が納得いくような振る舞いをすることを頼むことはなかった。


(ちゃんなら…と心のどこかで信じているのか、俺は)






悲愁な邂逅