「…では、昨日、葬儀が執り行われたということですか」


藤堂が道場を訪れた今日は、元治元年十月十一日である。 の祖母が亡くなったのは七日のことだ。 藤堂は、近藤たちが江戸を出立する日をに告げるために来た。 しかし、は今は葬儀後の片付けなどが忙しいらしく、変わりに守遥が話を聞いていた。


「に伝えておきましょう。明日、お返事に向かわせます」
「分かりました。私どもは、試衛館に滞在しています」


藤堂が去り、守遥は溜め息をついた。 祖母の死という試練を乗り越えてもまた、には京へ戻るかどうか決断する時がすぐに訪れたのだ。









「この頃の副長は、局長がいないのをいいことに、一層鬼に磨きがかかってねぇか?」
「おいっ!声が大きいぞ…!」


近藤が江戸に赴いている間の一月は、隊士にとって過ごしにくいものだった。歳三の厳しさは増し、葛山武八郎が先の建白書提出の全責任を問われ、切腹した。 屯所の空気はいつも張り詰めていた。


歳三は自分が更に鬼に近づいていることを分かっていた。 自分の靄を消すために、隊士に厳しくしていることも。


(全て分かってやってりゃ、正に鬼だ)


少し開いた襖の隙間から見える空を、少し眩しそうに眺めた。









「大変だったね、君」


は守遥から言伝を聞き、試衛館の近藤の下を訪れた。 守遥は何も言わなかった。江戸に残れとも、京へ戻れとも。 その彼の態度を見ては、迷っていた選択肢を、一つにすることが出来たのだ。


「出立の件ですが…四十九日までは江戸にいたいと思っております」
「では、四十九日が終われば、京へ戻ってきてくれるのかい?」
「はい。必ず戻ってまいります」
「…君、私は正直言うと、君は戻ってこないものだと思っていたよ」
「土方さんには、江戸に残りたいと思ったのなら戻ってこなくてよいと言われました」
「トシがそう言ったのかい…」
「しかし、祖母は死ぬ前に言いました。やりたいことをやれ、と」
「今の君がやりたいことは、剣術なのかい?」
「そうです。そして新選組を見つめていたいのです」


近藤は思った。強く決心している者の目は、こんなにも強いものなのだと。


「一つお願いがあります。この文を土方さんに」


は綺麗な柔らかい文字で書かれた文を、近藤へ差し出した。 近藤はニッと笑いかけ、は少し照れたようにそっと微笑んだ。


「必ず届けよう」
「年の瀬までには帰京いたします」
「皆で待つさ、君」


は頭を下げながら畳を涙で濡らした。









元治元年十月十五日、近藤は伊東を始めとする新入隊士たちを引き連れて江戸を立った。 藤堂はそのまま江戸に残ることになった。は見送りには行かなかった。近藤がそう言ったからだ。


「本当に残ってよかったのかい、」
「いいのよ。あと二月したら戻るのだから」


あれから守遥は毎日のように道場へ通い、手伝いをしたりとを気にかけていた。 はそれに気づき、申し訳なく思うのだ。


「守遥はいいの?縁談相手を放っておいて」
「破談になった」
「えっ?何故?」
「僕が断ったんだ。悪い相手ではなかったのが、僕にもやりたいことができてね」


何処かほっとしてしまった自分に、は少々戸惑う。 しかし、清々しい表情をしている守遥を見ると、それで良かったのだと思ってしまうのだ。


「、この文を練武館へ頼めるかい」
「心得ました、父上」


父から文を預かり、すぐ近くの伊庭の道場へ向かう。 そういえば京で会ったきりだ、とは久しぶりの再開に少し期待した。


「御免ください。です」
「あぁ、ちゃん久しぶり」


用件をいい、文を渡すが、今は伊庭の父は不在とのことだ。 伊庭は折角だからと、を客間に通した。


「歳さんは元気かな」
「ええ。先の戦でも怪我はしませんでした」
「それはよかった。君は?」
「はい?」
「君と土方さんは何かあったのかい」


人は図星なことを言われると、顔に出てしまうらしい。 伊庭がの表情が変わったことを見逃すはずがなかった。


「俺が察するに、恋仲にはなったんだろ。でも今は上手くいっていない。だから江戸にいる」
「…その通りです」
「歳さんは自分の意見はあまり言わない人だから大変だろ」
「いえ、私が悪いので…」
「君は自分を蔑むから、歳さんは大変だろうなぁ」


伊庭はニヤリと笑った。は何だか気持ちが軽くなった思いがして、柔らかく笑うことが出来た。 それから彼は、これ以上何も言わないで、戦の話を聞きたがった。 はもう二度と見たくも話したくもなかったあの惨事を、するりと語ったのだ。


「俺はいつか戦に駆り出るつもりなんだ」


伊庭は夢見る少年のように、明るい眼差しで言った。 は戦はもう見たくはなかったが、伊庭の勇姿を見たいと不思議と思った。









元治元年十月二十七日、近藤たちは帰京した。 近藤は屯所に着くとすぐに、歳三へ文を渡した。


「この文にも書いてあるだろうが、君のお祖母様が亡くなられた」
「真か…」
「それで君は随分落ち込んでいたようだ」
「…そうか」


歳三は自室へ戻り、の柔らかな文字で書かれた文をゆっくりと開いた。 その手が、小刻みに震えていた。自分の意としない行動に、少し焦る。 眼球に文字を追わせ、頭で必死に理解していた。 読み終えた頃には、それまでの厚い靄はなくなり、への疑問もなくなりかけていた。


(俺は待つだけだ。が自分を許す時まで)






東の空の残星