新選組の起床は明け六つ。私は少し早く起きて朝餉の準備をする。
「おはようございます、さん。今日は無理しなくてよかったのに」
「いいんですよ。まだ慣れない環境なのであまり寝られないんです」
沖田さんや藤堂さん、昨日の夕餉で知り合った原田さんや永倉さんといった人達が心配して声をかけてきてくれた。
これが京の人々から「壬生浪」と言われ恐れられている人達だとは到底思えなかった。
「くん、トシはまだ寝てるだろうから朝餉を持っていくついでに起こしてやってくれないか」
「分かりました」
局長に言われ、お膳を土方さんの部屋まで持っていく。少し小さな声で‘失礼します’と言って、ゆっくり襖を開けた。
起こしてきてくれ、と頼まれたのに何かおかしな感覚だった。
「おはようございます。土方さん朝餉です」
彼は起きない。もう一度声をかける。余程寝起きが悪いらしい。
「土方さん、朝ですよ」
「んっ…」
やっと体が動いた。むくり、と起き上がり私の方を見る。
「おはようございます。顔を洗ってきてください」
「あぁ」
まだ頭が覚めていないようでゆるりと立ち上がった。土方さんが顔を洗っている間に私は布団をしまい、食事の場を作る。準備し終わった頃に丁度土方さんが戻ってきた。
「飯は食ったのか」
「まだこれからです」
「じゃあ今からここへ飯を持ってこい。一緒に食うぞ」
「でも片付けが遅くなります」
「そんなの後でいいさ。早く持ってこい」
「分かりました」
部屋を出て、自分の分の食事を取りに行く。一旦他の隊士達が食べている部屋へ戻ると、原田さんがお茶碗を割ってしまったようで慌てていた。
私が箒を持ってきたり、片付けを手伝っていたので少し遅れてしまった。急いで土方さんの部屋へ戻る。
「すみません、遅れました」
部屋に入ると、土方さんは机に向かって書類を読んでいた。食事はまだとっていないようだった。
「いや、いい。食うぞ」
「すみません、まさか待ってくれているとは思ってなかったです」
「丁度目を通さねぇといけない書類があっただけだ」
「ありがとうございます」
その優しい言い訳に笑ってしまった反面、すごく嬉しかった。向かい合って食べる。
「今日は買い物についてきてくれるんですよね?」
「あぁ。何が欲しいんだ?」
「着物が欲しいですね。仕事用と外出用に。あと道着も欲しいです」
「服だけか?」
「はい、特にはないです」
その後はぽつぽつと会話があったのだが、その会話が止まったので気になったことを聞いてみた。
「土方さんは寝起きが悪そうですが、もし敵が寝床を襲って来たらどうするんですか?」
「俺は部屋に人が入ってきたら起きる。さっきもお前が入ってきたと分かったからまた寝たのさ」
「何故私だと分かったのですか?」
「殺気が全くなかったからな」
私は(本当かしら)と思いながらくすくすと笑った。その笑いが土方さんの機嫌を少し損ねてしまったようだ。
「信じてないだろ」
「だって、それじゃあ言い訳にしか聞こえないですよ」
土方さんはむすっと話した。私はまだ笑いながら答える。からかい甲斐のある人だなと思った。
食事を済ませ、話が終わり、私は片付けをしに部屋を出る。これから他の隊士の食器も洗って片付けなければならないと思うと少し面倒になった。
台所に行くと、何枚もの皿が洗い終わった状態で置かれていた。そこに沖田さんや井上さんがいて皿を洗う作業を続けていた。皿はあと少しのようだ。
「沖田さん井上さん、ありがとうございます。やってくださらなくてもよかったのに」
「いいんですよ、どうせさんは土方さんの我ままに付き合ってたんでしょう?」
「わしらはついでだ」
残りは私がやります、と言って二人を帰らせた。いつまでも甘えていては私の仕事がなくなってしまう。
残りの皿を洗い終わって自室に戻った。
今着ている動きやすい仕事用の着物を脱いで、持ってきていた外出用のを着る。江戸で見繕ったものだから京で着れるか少し心配になった。
髪も着物に合うように結いなおした。化粧も少しした。全ての支度が整うまで半刻ほど経っていた。また急いで土方さんの部屋へ行く。
「失礼します。また待たせてしまいました、すみません」
御辞儀をして顔を上げると、土方さんは私のことを凝視していたので驚いてしまった。
「化けたな…」
「はい?」
「いや、何でもない。行くぞ」
土方さんは大小の刀を腰に差し部屋を出た。私もその後をついていく。
門をくぐった後は、曲がっては歩き、曲がっては歩きが続き、今度一人で買い物に行く時に迷わないかと心配になった。
「俺が世話になってる店でいいな?」
「はい、お願いします」
しばらくして店が続く路へと出た。その中の一つの店へ入っていく。外見からして老舗の店と言った感じで高そうだった。
「いらっしゃいませ。これは土方先生、今日はどんなものをお探しで?」
「こいつに似合うものを頼む」
「かしこまりました。娘さんこちらへどうぞ」
呼ばれた方へ行き、生地を見る。京の生地は少し派手な物が多いような気がした。店主が勧めるものがいくつもあり、悩んでしまう。
そうしているといつの間にか土方さんが横へ来ていた。
「これがいい」
といって指したのは梅の柄のものだった。色も派手でもなく地味でもなく、でも何処にもない生地のような気がした。土方さんは趣味がいいと思った。
私も気に入ったのでその生地で作ってもらうことにした。出来上がるまで数日かかるとの事で、完成次第持ってきてくれるそうだ。
梅柄は外出用にして、仕事用に動きやすい着物の生地を選んだ。仕事用なので柄はなしにした。欲しい色があった。
「浅葱色はありますか?」
「へい、こちらに」
昨日、屯所に初めて入ったときに真っ先に目に付いた色だった。切腹裃の色、新選組の羽織の色。
「浅葱色?、それを本当に着るのか?」
「私は隊士ではないのであの羽織を着れません。せめて仕事用だけでも浅葱色にさせてください」
「頑固だなお前」
「よく言われます」
梅柄と浅葱色の着物、そして道着は新選組でいつも注文しているものの一回り小さいものを頼んだ。
「毎度おおきに」
朝の一刻