「簡単な医学を習いたいです」


あの後、話は終わり、私は隊内の掃除をしたり、食事の準備をしたりして夜まで過ごした。 一日の全てが終わろうとする時に、私はもう一度、土方さんの部屋を訪ねた。彼はまだ寝る準備はしていなくて、蝋燭の灯りと共に在った。


「何故そう思った」
「皆さんを見ていると、小さな怪我が処置の誤りで大きな怪我になっています。それを直したい」


昼間見た隊士を思い出す。


「どこか簡単な応急処置などが載っている書物を置いている店はありませんか」
「俺や山南さんがよく行く店へ行けばいい。確か明日総司が非番だ。連れて行ってもらえ」
「ありがとうございます」


少し頭を下げて微笑した。すると土方さんは先刻と同じ様に横を向いてしまった。
また少しの間があった。


「何故お前は、夢の話を筆頭である局長に言わずに俺に言ったんだ?」
「知らせは全て最初に土方さんの下へ報告されているようだったので」


彼は少し面食らった表情でこちらを向いた。


「お前、よく見ているな」
「そうでしょうか」


‘おやすみなさい’と挨拶をし、自室に戻った。時の鐘が鳴り始めた。









新選組に来てまだ二日しか経っていない。慣れない環境だと時が経つのも長く感じた。昨日と同じように隊士より早く起き、朝食の支度をする。 私は朝食を作らないといけないので、朝稽古には出ずに、昼の稽古にでるように言われていた。朝稽古を終えた隊士達を見ると、私も早く剣を握りたいと思った。 片付けも、自分の食事も終え、やっと暇が出来た。沖田さんを探すがなかなか見つからない。屯所を一周しても見つからなかった。


「永倉さん、沖田さんは何処にいるか知りませんか?」
「総司ならたぶん、壬生寺で子供と遊んでるんじゃねぇか?」


確実なものではなかったけれど、一応壬生寺に行ってみた。境内に入ると子供の声が聞こえてきた。その子供達に囲まれ、沖田さんが立っていた。 新選組の幹部として働いている時でも、いつも笑っているが、今の沖田さんの笑顔はいつもより穏やかな気がした。


「沖田さん、こんにちは」
「あぁ、さん。こんにちは。何か用ですか?」
「今日は沖田さんが非番だと聞いたので、店案内をしてもらいたくて来たのですが」
「いいですよ。でもこの子達が鬼ごっこをしようと聞かないもので」


子供達は沖田さんの裾を引っ張ったりしていた。余程鬼ごっこがしたいらしい。


「鬼ごっこをしてから行きませんか?そうしたら放してくれるでしょう?」
「そうですね。それでいいですか、為次郎さん」


沖田さんは新選組の屯所になっている八木家の次男為三郎に優しく語りかけた。為三郎は頷いて、沖田はんが鬼!と言って走り出してしまった。


「やれやれ。さんも逃げてくださいね」









子供達は年相応に駆け回っていたが、沖田さんも一緒になって走り回っているところを見ると、思わず笑ってしまう。 私はと言うと子供達と一緒に沖田さんから逃げていたけれど、途中で鼻緒が切れてしまったので、今は休んでいる。


「つかまえた!」


沖田さんが最後の一人をつかまえたようで、私の元へ走ってきた。


「さん大丈夫ですか?下駄見せてください」


沖田さんが私の足元にしゃがんで鼻緒を結びなおしてくれた。


「直りましたよ。行きましょうか」


子供達と別れて、私達は通りを目指す。本が欲しいのだと説明すると、すぐにどの店か分かったようだった。


「いつもああやって子供達と遊んでるんですか?」
「ええ。私は難しいことが嫌いなので体を動かした方がいいんです」


剣を持つ真似をして楽しそうに話す。沖田さんは剣豪が揃う新選組の中でも三本の指に入るほどだと聞いていた。 攘夷だとか、幕府だとかを言わず、剣のことだけを考える人が強いのだと思った。しばらく歩くと店が多くなった。その中の一軒に案内された。


「私はこういう場は好きではないので、あちらの茶屋にいますね」


終わったら呼びにきてください。そう言って沖田さんは近くの茶屋へと行ってしまった。 私は一人で店の中に入る。中には本が敷き詰められていて、外に出てしまいそうだった。


「すみません、応急処置などが載っている書物はないですか」


主人に尋ねると、店の奥に入っていった。その間、店の中を見渡してみた。軍事や剣術の書物まであった。 軍事は良しとしても、剣術は書物で読んで出来るものではない。 師に直接教えてもらい、何度も鍛錬を重ねることで会得するものだと思っていた私はとても驚いた。静かに主人が戻ってきた。


「えろうお待たせしました。こちらなんてとうでっしゃろ」


渡された書物は他の物よりも分厚かった。中を読んでみると、とても分かりやすく解説してあり、しかもその種類が多かった。


「やはり他の物よりか分厚いので少し値段はありますが」
「これにします」


直感だった。他の書物を見ても、きっと私はこの分厚い書物を選んだに違いない。主人が言っていた通り、それ相応の値段だったが気にしなかった。 店を出て、沖田さんがいる茶屋を目指す。人通りが多かったため途中、すれ違った避けきれず武士とぶつかってしまった。


「すみません」
「無礼者!」


そう言うと、短気な武士は刀を抜いていた。周りの通行人がそれを見て悲鳴を上げながら私達から遠ざかる。 私は剣を持っていなかった。女で腰に刀などと言う奇妙な格好は街ではできないからだ。ただ万が一のために小刀は懐に忍ばせてある。 だがこんな小さな物では相手の攻撃も受け止められるか不安だった。


「さん!これ!」


沖田さんの声がした方を向くと鞘に入れられたままの太刀が投げられていた。とっさに受け止める。 投げた沖田さんを見ると笑っていた。 私は頷いて抜刀した。刀の銀が陽に照らされて輝いた。刀の峰を下にして構えた。人殺しはしたくなかった。


「女のくせに剣を握るか!」


挑発には乗らず、目を瞑り深呼吸をする。どたどたと相手が駆けて来る音が聞こえた。目を開け相手の剣を受ける。


「免許皆伝にはほど遠いですね」
「何!」


後ろへ下がる。構え直し、相手の出方を見る。また駆けて来た。今度は受けずに避ける。体制が崩れたところに峰を打ち込む。相手は倒れ、起き上がっては来なかった。


「気絶したようですね。お見事」


沖田さんが楽しそうに近寄ってきた。私は刀を鞘に戻し、沖田さんに返した。


「さんは舞を習ってらしたんですか」
「はい。だからこういう型というわけではないのですが」
「すばしっこくていいですよ。私の剣も崩されてしまいそうだ」
「道場は北辰一刀流ですが、私はやりやすいように工夫しています」
「そうですか。でも全てが我流ではないですよね?」
「ええ。一通り稽古をつけた後だったので基本は北辰一刀流です」
「そうですか。普通に見ているだけでもいいですね。土方さんの我流に比べればよっぽど花がある」


沖田さんは何かを思い出すように笑った。


「帰りましょうか」






舞う剣