「、入るよ」
コンコンと少し控えめなノックでユージィンが入ってきた。
今、彼の違うところは白いタキシードだということ。彼の心の中も少しは違うのだろうか?
「このドレス…花鹿は似合ってたけど私には似合わないわね」
「そんなことないさ。気にしてたらますますそう見えてしまうものだよ」
今日は、私とユーシィンの結婚式。花鹿とドレスの下見に行ったら、あまり気に入ったものが見つからなかった。
そうしたら花鹿が突然、私のドレス貸してあげる!、と言い出し、今着ているのだ。
ユージィンも立人が着ていたタキシードを着ている。
私が花鹿のドレスを着るのだから、と彼も立人のタキシードを着る破目になった。
花鹿に言われたことだからあまり反論しなかったけれど、後で私に愚痴を言っていたのが面白かった。
「まぁぼくは立人よりは似合ってるかな」
「よく言うわ」
日取りも式の内容も全部私が決めた。色々決める時に彼も隣にいたのだけれど、何も意見を言わず、
君の好きにしていいよ、と言うだけだった。彼の喜ぶ式に出来るか、心配だった。
「この式が終わっても、まだ色々あるんだろ?これで十分なのに。君の会社が大きいからだよ」
「貴方の家も人のこと言えないわよ?」
私の家は、日本の財閥だ。日本でもトップの財閥なので、外国の財閥とも交友があった。
そのおかげでユージィンにも花鹿にも出会えたのだ。
でもこういう式典は嫌い。幼い頃から何度も出席しているから慣れてはいるけれど、やはり気を使う。
今日のような家族や友人だけの式はいいけれど、この後に続く正式な式典には気が滅入る。
「これからも迷惑をかけるかもしれないわよ?」
「いいよ。それも含めて君が好きだから」
さらっと言われることにはもう慣れていたけれど、今日はいつもと雰囲気も場所も違う。何だか異様に心踊った。
またノックがされる。それに答えると、私の執事が入ってきて、お時間です、と言った。
溜め息をつく。彼が肩を抱いて、大丈夫だ、と言ってくれた。
「うわぁ。綺麗だね、立人」
「あぁ。君のドレスも似合っているな」
「ムスターファのタキシード姿は?」
「まぁまぁと言ったところだろう」
「仲が良いんだか、悪いんだか」
私とユージィンは中央の席についた。家族と友人だけと言ってもかなりの人数がいた。
私は怖気づいたように笑顔が少なくなった。彼がそれに気付いたようだ。
「大丈夫だ、」
「私…家もヴォルカン家も背負っていけないよ」
「気にするな。今は楽しい披露宴じゃないのかい?」
「…そうね」
式なんて挙げたくないわ。前に私が零した言葉だ。彼は、がそうしたければいいよ。などと言っていた。
彼はいつも私の意見を優先してくれる。彼が実際どう思っているのか分からなくて、
彼の優しさが逆に私に不安を与えることもあるのだ。言葉にしなければ人の心は分からない。
それが人間として一番怖いものではないのかな。
夫婦の紹介などが一通り終わり、大勢の来客が私たちのところへ訪れた。
その度、私は貼り付けた笑顔で対応し、同じ言葉を何度も口にした。そんな対応に疲れた頃、花鹿たちが来てくれた。
「おめでとう、!ドレスすっごく似合ってるよ!」
「ありがとう、花鹿。やっぱりこのドレスは花鹿向けね」
やっと本物の笑顔が出たような気がする。
「は緊張しているのか?」
「たぶんね。気が弱ってる」
「君がしっかりエスコートするんだ」
「女性のエスコートは慣れてるけどね。ああいう彼女は初めて見たよ」
私と花鹿から少し離れたところで、ユージィンと立人が話しているのが見えた。何を話しているかは聞こえなかった。
しばらくすると、また執事がやってきて、お色直しです、と言われた。
私とユージィンは一旦会場を離れ、衣装を変える。会場を後にしてから、ユージィンは一言も話してくれなかった。
不安が募る。何か言ってくれれば楽になるのに。そう思いながら控え室に入ろうとしたとき、突然腕をつかまれた。
その掴んだ力は思った以上で、振り返って彼を見たら、見たことのないような表情で私に言った。
「君の和装、楽しみにしているよ」
たったそれだけ。たったそれだけの言葉なのに、今の弱った私の心には十分に沁みた。
不安が溶けて、涙になり、溢れた。ユージィンは掴んだ腕を放し、頬を伝う涙を指でふきとる。
「まだ泣くのは早いよ、」
抱きしめられる。だけど彼はすぐに離れていった。ぬくもりの余韻が何故か寂しかった。
彼と分かれて室内に入る。真っ白な白無垢がかけてあった。神前式は行わないので、友人達が訪れるこの披露宴だけでも、と白無垢を着ることにした。
彼ももちろん和装だ。黒羽二重の紋付羽織に袴という、フランス人の彼には少し難い服装かもしれない。
彼には家紋はないので、私の家紋を羽織につけた。
白無垢をまとっていく。全て白に統一されたこの衣装は、今の私の心の闇を晴らしてくれるようだった。
準備が全て整う。外に出るとユージィンも同じタイミングで出てきたようだった。
「…綺麗だよ、」
「ありがとう。ユージィンは…やっぱり髪の毛が合わないわね」
仕方ないさ、と言って歩き出した。私の気持ちは自然と高揚する。日本人として結婚式で白無垢を着るというのは、私にとって夢も同然だったから。
会場に入る。拍手とともに聞こえる声は、主に和装に対しての驚きだろう。私は胸を張って歩くことが出来た。
「ユージィン、本当にありがとう」
「ぼくは何もしていないよ?」
彼は本当に何もしていないかもしれない。けれど、私には彼が全て分かっているように見える。分かっているから何もしないのではないかな。
「白無垢が着られてよかった」
「この衣装は立人のタキシードより着心地がいいよ」
二人で笑いあった。あんなに緊張していたのが嘘のように笑顔が自然にでた。
その後、友人や親族から挨拶があったりして時間が過ぎ、式が終わりに近づいてきた。
司会の人が、誓いのキスをお願いします、と言った。
「えっ?」
「ぼくがひとつだけ決めたのがこれだよ」
式の内容にはないプログラムに私は驚いた。彼が決めたものだと知り、更に驚く。彼は何もしていないわけではなかったのだ。
会場の中心で向かい合って立つ。何度もキスはしたけれど、この時が一番恥ずかしい。目を合わせられないでいると、彼が私の頬に手を添えた。
彼の目を見てしまう。私は動けなくなって、彼に何もかも任せた。周りから歓声が聞こえる。
情熱的なキスは、私の脳に、心に、体にしっかり響く。互いの唇が離れてもなお、私は涙を流しながら彼の目から離れられないでいた。
「和装ではキスはしないものよ?」
「…覚えておくよ」
でも、キスが貴方の愛情表現。だから仕来りだとか、決め事は関係ないのかもしれない。
kiss my eyes