ラギネイの舞踏会のようなものに招待された。もちろんルマティから。
私の家はバーンズワースやヴォルカン家のように大きな会社ではないから、普通は誘われることはない。
ルマティが招待してくれなければ、私は舞踏会に行けないシンデレラのようなのだ。
ルマティがラギネイ国王になってからは、彼の忙しさは異常なほどで、電話などはしていたが、会えてはなかった。
久しぶりに会えることは嬉しいけれど、会えなかった時間で彼が変わってしまっていたら、そんな不安もあったのは事実。
静かな音楽が流れ始め、ルマティも王座についた。
私は花鹿や立人と話したり、楽しそうに踊る彼らを目で追ったりしていた。
ルマティは次々と挨拶に現れる招待客に笑顔で対応していたが、少しうんざりしていたようだった。
音楽が変わる。ルマティの下へ訪れていた人たちはいなくなり、それぞれ踊ったり、会話を楽しんでいるようだった。
私はユージィンやノエイと話していたが、今は一人だ。ルマティに会いに行くことも躊躇い、ただ佇んでいるだけだった。
しばらくすると、辺りがざわついた。視線を上げると、ルマティが席を立ち、こちらに向かっているところだった。
私は何故か背を向け歩き出したが、彼に腕を掴まれた。自然と目が合う。
ルマティが花鹿のところで匿われていた頃には何度も目が合ったはずなのに、今初めて彼の綺麗な目を見たような気分だった。
「一曲いかがですか、レディ」
その大人びた口調は、私の中にあった彼のイメージを壊すのに十分だった。呆気にとられる私の手をとってダンスの輪の中に入る。
国王の彼が踊るのに、目立たないわけがない。私は視線を落としてばかりだった。
無言で少し踊っていると、ルマティが話し出す。その声は、私の中のルマティとなんら変わりはなかった。
「何故黙っているんだ?」
「…貴方が変わってしまっていたらどうしよう、と思っているの」
「何も変わってはないだろ、おれは」
「紳士的なエスコートやダンスは前から出来たのかしら?」
「幼い頃から教育されてるから、これくらい出来る」
少しむきになりながら言う彼は、やはり変わってはいなかったようだ。私は安心したように顔を綻ばせ、ダンスを踊る。
しばらく楽しさに身を任せて踊っていると、不意にルマティが動きを止めた。私も動きを止めて周りを見ると、
そこはフロアのほぼ中心であることが分かり、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。ルマティは優しく笑って私を見ていた。
「おれは恋人のキスは花鹿とした。だが妃とのキスは、お前としたい」
真っ直ぐなあのオリエントブルーの目で私を射抜き、優しい言葉を発する。私は慌てた様子で目を泳がせ、言葉が詰まる。
でも彼はそれを笑うのでもなく、冷たく見つめるのでもなく、ただその行動は私の一部だと言うように見ていたのだ。
「…私は貴族でも世界の大企業の娘でもないわ。ましてやラギネイとは一切関係のない人間なのよ」
「確かにお前はただの日本企業の娘だ。けれどおれは、をただの女だとは思っていないぞ」
呆れたように笑う彼の言葉には、一切嘘が混じっていないことは、よく分かっていた。
そして彼は、頭に巻かれた聖布に手をかけ外し、跪き、私の左手の甲に口付けを落とて見上げた。
ラギネイは太陽を神として崇めている。最も太陽に近い頭を聖布で隠すことが、神への最高の敬意とされている。
日中にその聖布を取ることは、敗北を認めたという意味がある。そしてもう一つは、求婚。聖布を取ることで相手へのプロポーズという形になるのだ。
もちろん私はその意味ぐらい知っている。だから戸惑っているのか、それとも今のルマティがものすごく凛としているからなのかは分からなかった。
私は彼の真っ直ぐな視線に自分の視線をぶつけ、考える。私は彼を喜ばせることが出来るのか。邪魔な存在ではないのか。でも彼は私の瞳をしっかり見ていて、視線をしっかりと受けとめていた。
「俺はお前を妃に迎えたい」
彼の有無を言わせない口調は、私の決心を固めるのに丁度よかったのかもしれない。私は硬くなっていた表情を柔らかくし、微笑んだ。
「私はきっと何も出来ないよ、ルマティ」
「そばにいればいい」
国王らしい口調、今までにはなかった雰囲気は、それなりに私の心を揺さぶって不安定にさせた。
妃に捧げるキスが降る。いつの間にか心は安らぎ、周りも気にしなくなった。
「貴方の妃になりましょう。神に、ルマティに誓って」
ルマティは、その時だけ子供に戻ったかのように無邪気に笑った。
ラギネイの民にとって太陽が神ならば、私はルマティが神にも近い存在なのでは、ふとそんな事を思った。
ワルツにのせて