子は親を模倣して成長していくというが、本当にそうだと実感した。


父はよい学校に通い、よい教育を受け、自分の親が経営する会社に就職した。 今は社長になっている。そして、親に見合いを勧められ、よい婚約者と結婚をし、私が生まれた。


正に私は親のような人生のレールを走っていると言うわけだ。嫌ではない。何せ楽なのだから。 よい学校に通い、よい教育を確かに受けている。そのまま進めば、親の会社に難なく入ることが出来るだろう。 そして先日、見合いを勧められた。ここまでは親と全く同じ。


今まで恋人は何人かいた。でも全て愛していた人ではない。私は愛したことなどないのだから。 これも経験だと言うように私は様々な人と付き合った。 陽気な人、悲観的な人、黒人、白人、年上、年下。 無差別と言うのはこういうものだろう。この見合いも断ることはない。だって誰でもいいのだから。









「カール・ローゼンタールです」
「です。この度は光栄です、カール」


親が用意した見合い相手は、金、名声、容姿、性格、どれを見ても文句の言いようがない完璧な人だった。 私は目を奪われた。恋に落ちたわけではない。ただ、彼の纏う空気が、重く感じられた。 私より上等な家庭で育ったはずなのに、私より上等の苦しみを味わって生きてきたというような気がするのだ。


「何故、このお見合いを引き受けたのですか」


親達は、私達を引き合わせた後、別室にいき、今は2人だけだ。 彼は日本語も嗜むということで、会話は全て日本語だった。 率直な質問を、あまり躊躇うことなく口から出せたのは、彼が優しい男だろうと自分で決め込んだからだ。 そして頭も回り、明らかにもせず、完全に隠したものではなく、上手な答えが返ってくるはずだと。


「あなたのお父上の会社と提携を結びたい、と思いまして」


やはりどの男もこのことしか頭にないのか。私は自分の期待を妬んだ。 自分で希望を膨らませ、自分で大きな音を立て割ったのだ。


「しかし、それは本当ではない。ただの言い訳です。ぼくも男だったというわけです」


彼もまた、私と同じように自分を妬んでいるようだった。 この言葉は真実なのだろうか。私はこの言葉を信じ、心躍らせてもいいのだろうか。


「…それはどういう意味で解釈すればいいのでしょう」
「ぼくは家柄だけではお見合いを受け入れない、と言うことです」


何故彼は、ここまで堂々としているのだろうか。


「、あなたは花鹿と知り合いですよね」
「ええ。幼い頃から」
「実は花鹿にあなたのことを聞いたのです」
「…もしかしてあなたは…‘夫捜しゲーム’の…」
「ええ。しかしお分かりの通り、フラれてしまいました」


彼は自嘲気味に笑っていった。何故彼は、私にここまで話してくれるのだろうか。 私が不思議そうな顔をしていたのだろう。彼は少し笑って、花鹿の言葉を話してくれた。


‘は親に従って生きているの
 自分の意思で未来を変えたりはしないんだ
 でも私は知ってる
 は心の何処かでつまらないと思っている
 未来への不安もある
 私と付き合い始めたのも、親の言いなりでだと思う
 でもそれは最初だけ
 今は違うと分かる
 いつも私のために笑ったり泣いたりしてくれるから
 でもね、カールの力でを変えてあげてほしいんだ
 人生の楽しいことや、悲しいことを教えてあげてほしいんだ’


カールの口調は優しかった。花鹿の話も優しかった。 優しさに触れるのは初めてではないはずなのに、体の中の膿を出すように、涙が溢れた。


「…あなたは何故、私を変えようと思われたのですか」
「ぼくの価値観や人生も、変わっていくと思ったからです」


彼もまた、私と同じように、父親という絶大な列車に引かれて生きていたのだ。それを今、外れたいと思っている。


「花鹿にも、自分にあった人を探した方がいいと言われました」
「それが…私なのですか」
「…ぼくとあなたは似ている…違いますか、」


お酒を一口含んだ彼は、まだ何杯も飲んだわけではなかったのに、顔が赤かった。 私は笑って、同じようにお酒を舐めた。私も頬が赤かったのは、彼には気付かれていないようだ。


「ぼくは、花鹿にはぬくもりを求めていただけかもしれない。あなたには愛を求めているんだと思います」
「…」
「ぼくの日本語、おかしかったですか」


私が何も言えないでいると、彼は慌てた様子で尋ねてきた。 それが親の機嫌を気にする子供のように見えて、微笑ましかった。


「いえ、そんなことはありません。だた、初めて言われたことだったので…」
「日本語ではあまり上手く表現できません。ただ伝わってほしい、ぼくの気持ちが」
「十分伝わりました、カール。私もあなたに何かを求めているのは違いありません」


英語であれば、こういう時はもっと素直に自分の気持ちを言えただろう。 今あまり自分をさらけ出せないでいるのは、日本語が母国語だからなのだろうか。 でもその奥ゆかしさがいいのかもしれないと思った。


フルコースを食べ終え、私達は親の下へ向かうべく席を立った。


「今度は2人きりで会ってくれますか」
「もちろん」


私のイスを引きながら、私の手をとりエスコートしながら、彼は私にいくつかの困難を与えた。 会えない苦しさに耐えることを。私の人生がこれから激変するということを。


「ご覚悟を」


彼は私の手の甲にキスを落として言った。






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